生まれた時のはなし。 | ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ

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自分の言葉で自己表現し、今と未来をより良く生きていきたい。回復途上ですが相談援助のお仕事もしています。書くこと話すこと…対話を通して人生の課題と向き合うお手伝いがしたい。ゆっくりまったり生きづらさから回復しながら生きてゆくのもいいもんだ♪

私が生まれたのは昭和51年。2月。
今からちょうど42年前のことです。
生まれた時の記憶が40を過ぎてもあるわけはなく、
この辺のことは母親から聞いたり、記録に残っていることでしかわからないし、語れません。
当時の母子手帳によると
出生時3010グラム。
なんと。仮死→蘇生とある。
どうもちゃんと産声あげなかったようです。
両親にとっては初めての子どもが
オギャーと言わない…。
生まれたところから両親をハラハラさせたのでしょうね。
生後1ケ月健診で右股関節脱臼の疑い(整形外科受診)
生後3ヶ月頃に受けるツベルクリン反応で
片腕が倍ぐらいに腫れ上がり(超陽性?!)
結核菌への感染が疑われたようです。
うっすらと
ずっと薬を飲み続けていた記憶があります。
その後接種するはずのBCG(いわゆるハンコ注射)は接種できるはずもなく、スルーしています。
とにかく3歳ぐらいまでは病弱だったようです。
生命体として弱く生まれた私は幼児期はまわりの大人、特に母親に結構過保護かつ過干渉に育てられたのです。

昭和な感じの母子手帳。