私は陶芸にはあまり興味が湧かないのですが、司馬遼太郎氏が短編「故郷忘じがたく候」
で薩摩焼にふれています。
秀吉の朝鮮遠征?の末期、薩摩藩が陶芸に秀でた高麗人を
拉致し連れ帰ろうとした。
秀吉の死による退却作戦の慌ただしさの最中、放置された状況で、
多くの方が苦労して鹿児島城下の
西苗代川(ノシロコ)というところに住みついた。
後日そのことを知った島津義弘が手厚く保護、士分で遇し、
彼らの生産するものは薩摩焼 ブランドとして
島津藩の新規産業として大いに外貨を稼いだそうです。
特に白薩摩と呼ばれるものは、島津家のみが扱い、
当時の茶会で珍重されるようになった・・・・・・・・。
と・・・まあ、古代より朝鮮から数多の人々が日本に文明をもたらした訳です。
感心したのは島津義弘公が礼を尽くして高麗人を遇したこと、
しかも焼き物を一大名産品として育て上げた点です。
司馬氏と沈寿官氏の出会いも面白く、また故郷を想う哀切をよく著した短編でした。