戦争における「人殺 し」の心理学
説き起こしの話題として著者は,第二次世界大戦における米軍歩兵の平均的な発砲率が,わずか15~20%にすぎなかったことに触れる。偵察や弾薬のデリバリー,仲間の救出など,もっと危険な任務を進んでやる兵士達も,とにかく敵を撃ちたがらない。こうした傾向は南北戦争やクリミア戦争,それ以外の戦場でも見られ,小銃兵の挙げる戦果は歴史上常に,計算上の命中率とは比較にならないほど小さくあり続けてきたという。
戦場で兵士が感じる最大の苦痛といえば,自分および仲間が殺されることへの恐怖だと,普通は想像するものだ。だが実際に兵士が嫌うのは自分の死ではなく,仲間の死ですらない。そこにあるのは「人を殺す」ことへの抵抗感であり,殺したことへの自責の念であると,著者および著者の挙げる先行研究は雄弁に語っている。
終章近くで著者は,アメリカの若年層における殺人事件の増加(1957年~1990年)と,映画/テレビゲームによって起こる(と著者が考える),人格モデル(長上の振る舞いを目下が学ぶこと)なき条件付けの危険性について警鐘を鳴らしている。指揮官の統制を受けない“発砲訓練”が持つかもしれない危険性の強調には,逆に軍のあり方(条件付きで人を※※る人を育てていること)を社会的に是認する意図のようなものを感じないでもないが,軍の必要性を確固たる信念とする立場から見れば,首尾一貫した主張ではある。例えばメディアが個人に与える影響を論ずる限定効果説と,著者が指摘する「攻撃的精神病質者の素因を持つ者」,そして現実に起こる犯罪との関係についてなどは,著者の説を参照する一般社会側の課題として残されるだろう。
所々、転載。詳しくは、こっち。
http://www.4gamer.net/games/000/G000000/20070919010/
以下、amazonレヴューより
http://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%80%8C%E4%BA%BA%E6%AE%BA%E3%81%97%E3%80%8D%E3%81%AE%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%B4-%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4480088598
戦場では意外にも非発砲者が多いという。第82空挺隊員でもあった著者は冒頭において先ず、「大義と国と仲間を守ろうとしなかったかれらに不快を感じずにはいられない」と訴える。
しかし、その直後にこうも述べる。「かれらの存在を、そしてかれらが体現しているわが人類という種に備わった高貴な性質を、やはり誇りに思わずにはいられない」。
著者のこうした強い内面の相克こそ、本書全編に貫かれているものだ。それは、人間の本性というものを一つ一つ白日の下にさらす解剖学的努力でもある。500ページにも及ぶ本書の文面からは、著者自身が深く悩んでいる姿が見えてくるようだ。
もちろん、著者は元軍人であるから、戦場における合法的殺人を究極的には否定していない。しかし、限定的にせよ、人間が生来的に内在する『汝、殺す事なかれ』をこうした著作によって具現化しようとしているようにも思える。なぜか。それは、「まぎれもなく存在するその力(殺人への嫌悪感)の確かさが、人類にはやはり希望が残っていると信じさせてくれる」からだ。著者が元軍人だからこそ、この言葉に一層救われる。
ただし、気になる部分も若干ある。例えば、米軍と同様に日独軍の発砲率も約20%だったはず(第1章)と記す一方、ドイツ兵は米英軍兵士より多くの敵を※※たとある(第22章)。後者は、むしろドイツ兵の高発砲率の例証ではなかろうか?それとも発砲者一人当りの命中率が違うのか?この点、整合性ある答えが欲しかったところだ。
ともあれ、それでも本書はやはり力作だと思う。「戦争における」という枕詞に限定されずに、はるかに広く深く人間を理解する上で最適の一冊だと言えるだろう。同時に、本書は人類への警告の書であると共に、希望の書でもあるように思えてならない。
戦場で兵士が感じる最大の苦痛といえば,自分および仲間が殺されることへの恐怖だと,普通は想像するものだ。だが実際に兵士が嫌うのは自分の死ではなく,仲間の死ですらない。そこにあるのは「人を殺す」ことへの抵抗感であり,殺したことへの自責の念であると,著者および著者の挙げる先行研究は雄弁に語っている。
終章近くで著者は,アメリカの若年層における殺人事件の増加(1957年~1990年)と,映画/テレビゲームによって起こる(と著者が考える),人格モデル(長上の振る舞いを目下が学ぶこと)なき条件付けの危険性について警鐘を鳴らしている。指揮官の統制を受けない“発砲訓練”が持つかもしれない危険性の強調には,逆に軍のあり方(条件付きで人を※※る人を育てていること)を社会的に是認する意図のようなものを感じないでもないが,軍の必要性を確固たる信念とする立場から見れば,首尾一貫した主張ではある。例えばメディアが個人に与える影響を論ずる限定効果説と,著者が指摘する「攻撃的精神病質者の素因を持つ者」,そして現実に起こる犯罪との関係についてなどは,著者の説を参照する一般社会側の課題として残されるだろう。
所々、転載。詳しくは、こっち。
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以下、amazonレヴューより
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戦場では意外にも非発砲者が多いという。第82空挺隊員でもあった著者は冒頭において先ず、「大義と国と仲間を守ろうとしなかったかれらに不快を感じずにはいられない」と訴える。
しかし、その直後にこうも述べる。「かれらの存在を、そしてかれらが体現しているわが人類という種に備わった高貴な性質を、やはり誇りに思わずにはいられない」。
著者のこうした強い内面の相克こそ、本書全編に貫かれているものだ。それは、人間の本性というものを一つ一つ白日の下にさらす解剖学的努力でもある。500ページにも及ぶ本書の文面からは、著者自身が深く悩んでいる姿が見えてくるようだ。
もちろん、著者は元軍人であるから、戦場における合法的殺人を究極的には否定していない。しかし、限定的にせよ、人間が生来的に内在する『汝、殺す事なかれ』をこうした著作によって具現化しようとしているようにも思える。なぜか。それは、「まぎれもなく存在するその力(殺人への嫌悪感)の確かさが、人類にはやはり希望が残っていると信じさせてくれる」からだ。著者が元軍人だからこそ、この言葉に一層救われる。
ただし、気になる部分も若干ある。例えば、米軍と同様に日独軍の発砲率も約20%だったはず(第1章)と記す一方、ドイツ兵は米英軍兵士より多くの敵を※※たとある(第22章)。後者は、むしろドイツ兵の高発砲率の例証ではなかろうか?それとも発砲者一人当りの命中率が違うのか?この点、整合性ある答えが欲しかったところだ。
ともあれ、それでも本書はやはり力作だと思う。「戦争における」という枕詞に限定されずに、はるかに広く深く人間を理解する上で最適の一冊だと言えるだろう。同時に、本書は人類への警告の書であると共に、希望の書でもあるように思えてならない。