8:00pm 過ぎに自宅に戻りました。

 

急いで夕食を作り、娘と食事をしていると、

思いもよらず、病院から電話がありました。

8:50pmでした。

 

夜担当の看護師さんからで、父の心拍数が

上がっているので、直ぐ病院に来て下さいと。

 

予期せぬ事態に狼狽えました。

心電図モニターのアラーム音が

電話越しに聞こえ、

更に緊張が走り。

 

母に連絡した後、車に乗り込みましたが、

焦燥感と緊迫感でテンパっている

自分がよく分り、もやもや それにアルコールも

少し飲んでいた事も思い出しました。

運転はあきらめて、最寄駅まで思いっきり

走りDASH!、タクシーで病院へ向かいました。

 

移動中、地方にいる姉に連絡を入れて

直ぐに病院に来てくれるように

頼みました。

 

首都高は事故渋滞が発生しており、

イライラしながらも、

常にドキドキ、 ドキドキしていました。

 

結局病院に到着したのは10:00pmちょと前。

電車に乗って来るのと時間は

そう変わりませんでした。

 

病室に突進すると、父は酸素マスクをして

眠っていいるように見えました。

他は誰もいません。

 

一瞬、助かった?と思いましたが、

酸素を吸入をしていないのが直ぐに

目に入り不思議に思い。

 

父の手を握ると、とても暖かく、でも

「お父さん」 と呼びかけても反応がありません。

 

握っている手を放すと力が入っていなく、

ぶらっと下がり。

2度目も試みましたが、同じでした。

 

私は、気が動転し、何が起きているのか

分らず、亡くなったとは認めたく

ありませんでした。

 

オロオロして、看護師さんを

探し、病室に来てもらいました。

 

取り繕う事ができず単刀直入に 「死んだの?」

と尋ねると、看護師さんは辛そうにうなづいて。

 

私は父の死に間に合わず、

ありがとうの言葉さえ言えなかったのです。

 

主治医のヘラ先生がすぐに入って来て、

死亡確認をし、死因は腎不全で、

死亡時間は10:05pmでした。

 

看護師さんの話では、8:30pm頃から

心拍数が上がり始めたが、苦しそうな

様子はなかったと。

 

思考回路はショックでショートし、

感情もなく涙は一粒もこぼれませんでした。

 

あるのは胸の痛みだけです。

鼓動が激しく胸を打ちつけて痛くて。

 

 

しばらくして、鼓動も落ち着き、

父の酸素マスクがいつの間にか

外してある事に気がつきました。

 

口を大きく開けたままの状態で、

本当は苦しかったのでしょうか?

 

でも、数時間前までの、つり上がった

目尻も下がっており、

いつもの表情に戻っていました。

 

私には、死神と必しに闘って負けた

落ち武者のような風貌にも見えました。

 

 

私は、骨ばった父の胸に顔をうづめ、

「お父さんの娘で幸せだったよ。

ありがとう。」

と呟きました。

 

 

 

 

次回も続きます。

宜しくお願い致します。