突き放すのも愛!? | LOVE INFINITY ~宇宙の流れに乗ってありのままに生きていこう♪~

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私には、弟が2人いるんですが、10年ほど前、一番下の弟が、
ひきこもりになってしまったことがありました。

末っ子である弟は、もともととてものんびりした性格だったのですが、
何かにつけて、姉である私や、兄であるもう一人の弟が進んだように、
自分も進んでいくのだと、思っていたように感じます。

だから、姉や兄のように、自分も大学に行って、卒業したら就職して、家を出る。
それが当たり前だと思っているようでした。
特に、私がやることがいつもお手本になってしまっていたようなのです。

私が、地元の狭い世界ではなく、
広い世界を見れて良かった、と言っていたのを覚えていて、
地元の高校ではない遠い高校に行きだした頃から、
対人恐怖症ぎみで電車に乗るのが辛くなり、
エスカレーターで大学に入ったものの、
特に何か学びたくて大学に行ったわけでも、
何か大学生の間にやりたいことがあったわけでもなく、
何の目的もなく通っていたので、
ただ毎日学校の授業と家の往復で、
サークルもゼミも途中でやめてしまい、
ただただボー然と毎日を過ごしているように見えました。

そして、いつのまにか、就職活動もやめてしまい、
そのまま単位だけは何とか取って、卒業した後、
本当に何もなくなってしまったのです。

姉も兄も、就職難と言われる中、
それぞれに自分に合う会社を見つけて家を出て行ったのに、
自分だけが取り残されたような気分だったのでしょうか?
自分は何もやりたいことがない、何をしていいか分からない、
いつもそう言っていました。

そのころ、両親は転勤で、九州で暮らしており、
実家が空き家になっていたので、
しかたなく弟は下宿を引き上げて実家で一人暮らし、
最低限の生活費だけは親に負担してもらいながら、
就職活動をするという約束だったのだと思いますが、
実際は、食べ物を買うときにだけ出かけて、
ほとんど家に引きこもっていました。

私は、東京に就職し3年ほど経ったあと、10か月ほどアメリカに行って、
京都に帰ってきて、すでに結婚して近くに住んでたのですが、
その頃、昼は仕事、夜は夜間学校と、
結婚してからも焦ってあいかわらず自分探し、
自分のことで精っぱいでした。
でもそんな姿が、弟にとっては、やりたいことをどんどんやっていて、
きらきらしているように見えていたようです。

そして、たまに弟を家に誘ってご飯を食べたりすることがあったら、
えらそうに、もっとこうした方がいい、ああした方がいい、と
たった5歳年上の姉だというだけで、
今まで同様先輩風を吹かせていたのですが(^_^;)
弟は黙っていつもうんうんと聞いていました。

今思えば、動かなければいけないことは
本人が一番よく分かっていただろうと思います。
でも、動きたくても動けない、
焦れば焦るほど体調は悪くなるのに、誰にもわかってはもらえない。
本当に苦しく辛かっただろうなぁと思います。

そんな気持ちを私自身が経験したのは、
ずっと後になってからのことです。

結局、両親は家から離れているし、姉である私は自分のことで忙しく、
心配はしていたけれども、
本当に何をして暮らしているのか知っている家族は
誰もいなかったように思います。

一年ほどたったある時、
の兄夫婦が両親の代わりに心配して実家を訪れてみると、
家は埃だらけ、カビだらけ、
ベッドのシーツも一度も洗濯したことがないようだし、
台所も油が飛びちって、散らかり放題。
そして、弟自身の目つきもおかしい、
これは大丈夫ではない、ということで、
あのまま放っておいたらダメだ!と両親にお説教して、
急遽、弟を九州に呼んで、一緒に暮らすことにしました。

九州と言っても、犬がいたので、田んぼの中の一軒家を借りていて、
町も遠く、車がないとどこにも行けないようなところで、
就職活動どころか、来ても何もすることがないような環境でした。

そこで、両親がしたことと言えば、
長い間単身赴任だった父は、息子と初めてじっくり話し、
母は、このまま息子がここにいて、また引き篭もられては困ると思い、
毎日、わざとうるさく息子の尻を叩いたそうです。

そして、何もしないわけにはいかないと思わせ、
弟は、2,3か月後にある会社の車の組み立て工場に、
半年間の契約従業員として、寮生活をするため出ていきました。

その仕事は3交代のシフト制で、本当にきつい仕事だったそうです。
車がこんなに大変な思いをして作られていると知って、
その人たちのありがたみが分かったと言っていました。

結局その後、また九州に帰り、
ボロボロの中古車を、親に借金するという形で買って、
車の運転の練習がてら、息抜きに自分で出かけて行っていました。

でもそんな生活も、ずっとはできない、
また、母が「ここにいられては困る、ここはあんたの家ではないからな、
居候やで。」と、弟にわざと家に居づらくしたそうです。

弟も自分の居場所がどこにもないことを悟り、
私が昔就職する頃、
「一生に一回ぐらいは東京で働くっていうのも、いいやろ」と
言っていたことを、覚えていたようで、
契約の仕事をして貯めたお金を持って、
何の当てもないまま、東京に行く、と出ていきました。

携帯の充電も切れて一か月ほど連絡が取れなくなり心配しましたが、
毎日ネットカフェで寝泊まりしていたそうです。

弟は、過敏性大腸炎で、対人恐怖ぎみだったのですが、
東京は、本当に都会で、誰も自分のことを知らないし、
気にも留めない、
そして、いろんな人がいるところを見て回って、
とても気に入って、家賃が安くて、
びっくりするぐらい狭い部屋を借りて、
東京で暮らすことにしました。
その時に一度部屋を見に行ったのですが、
ドアを開けて笑ってしまうほど、狭かったです(^_^;)

そこで、結局就職活動をしたけれど、
すでに大学を卒業して、25歳になっていたので、
正社員は難しいでしょうと、ハローワークの人たちにも言われ、
9か月ほどして、やっと、極力人に合わなくてもいい、
ネットの酒屋の配達のアルバイトを始めました。

重い酒やビールを、マンション等に配達するのが売りの会社なので、
きつい仕事だと思うのですが、
働き始めてしばらくしてからまた東京に行って弟に会ったとき、
弟はその仕事で、ひ弱そうだった体に筋肉がつき、
日焼けしてとってもたくましくなっていました。

仕事はどうか聞くと、体力的にはしんどいけど、
でも、体を動かしていると、余計なことは考えなくていいし、
あの動けなくて、毎日毎日悶々と暮らしていた時よりはずっといい、
今まで一度も辞めたいと思ったことはない、ということでした。

アルバイトでしたが、あぁやっと続けてもいいと思える仕事が
見つかったのだと少し安心しました。

それから、正月すぎに京都に帰ってくる以外は、
同じ仕事をずっと続けています。

2011年の大震災の時も、携帯が通じなくなり心配しましたが、
一週間後ぐらいに、
酒が床に落ちて、店がむちゃくちゃになって大変だったけれど、
自分は自分のやるべきことをやるだけです、
というメールが返ってきて、
親戚も誰もいない東京で一人、
弟は本当に強くなったなぁと思いました。

そして、30才になって、推薦で正社員にもなりました。
逆に新入社員の若い子たちは、就職してきても、
仕事がきつくてすぐにやめてしまうそうですが、
弟は、
正社員になっても責任は増えるだけで、
給料はとっても安いことも
よく分かっていたし、
仕事もきつくなることも分かっていたので、

どんなに毎日遅くまで残業しても、文句ひとつ言わず頑張っています。

弟は本当に強くなりました。
関西に帰らないか聞いても、まったく帰る気はないようです。
えらそうに先輩風を吹かせていた私は、
東京でものすごく恵まれた職場でしたが、
すぐに嫌になって3年ほどでやめました。
本当に甘ちゃんだったと思います。

私は、ずっと後で、とても守られた場で、
動きたくても動けない、やりたくても何もできない、という経験を
2年ほど送りましたし、本当に辛かった。

もうこんな生活は嫌だ、私を守護している存在がいるなら、
本当に早くこんな生活から抜け出せるようにしてよ!と、
何度も一人で泣き叫んでいました。

だからこそ、
動けるようになった今、本当に幸せだと思えますし、
私の状況よりももっともっと大変だったあの時の弟に
何度も説教をして、本当にひどいことを言ってきたな、と思います。
今の弟に聞いても、あの時のことはまったく怒っていないようだし、
いまだに私の言うことにはよく耳を傾けてくれるのが不思議ですが。。。

とっても長くなりましたが、人の経験って、
みんなと同じことをするのが幸せではないんですよね、決して。

あの時があるから、今がこんなにも幸せだ!ということ、
きっとみなさんそれぞれにあると思います。
そして、今、辛い状況の方にも、きっときっと未来には、
あの時の経験があってよかった!と思える時がくると思うのです。

今後も、弟は同じ会社で働き続けるのか、また違うことをするのかは
分かりません。
でも何を選んだとしても、あの時よりはいい!と思える強さがあるのです。


タイトルの「突き放すのも愛!?」は、
お気付きだと思いますが、母のことです。

弟に対して、父のように冷静に向き合って話し合うことも、
私のように説教することも、
それなりに必要だったのかもしれませんが、
母のやったことは、結果的にはよかったようです。
私は、弟のように辛かった時、
母にあんな風に扱われていたら、
もっと引き篭もっていたかもしれませんが。。。

何が正しいかなんてわかりません。
でも、親ほど子供のことを愛している人はいないのだな、
とつくづく思います。


なんだか、今日は、このことを書きたくなりました。
長々と読んでくださったみなさま、どうもありがとうございました(*^_^*)



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