今日3つめのブログです。
今回は、私自身の新しいワークをご紹介させて頂きます。
レインボーフレイム ~心身の不調を乗り越えて、幸せになるワーク~
このワークは、病気や心身の不調和に関係している、
カルマ・封印・霊障などを燃やして果たすワークです。
「果たす」というのは、カルマや霊障、封印などからの学びを終えるということです。
つまり、必要があるから引き付けている不調和な部分から、学びきるのです。
そうすることで、二度と同じものを引き付けなくなります。
詳細は こちら をご覧ください。
※モニターについて、スーパーバイザーに相談したところ、
このワークは、料金的にモニターはしない方がいいということだったのですが、
ワークを受けてご感想をいただいた方に、陰陽師・レムリアンオーロラなど、
ご希望のワークを1つお付けするというのも面白いかも、
というご提案を頂いたので、今受けて頂けると、とってもお得です!
このワークは、私自身の病気の経験から、
何か肉体に働きかけるワークができないだろうかと考えていたときに、
自分自身に叡知が降りてきているのに気づいて、
これをぜひワークとして使いたいと思い、
スーパーバイザーさんたちの手を借りて、開発したワークです。
たびたび、このブログでも書いていますが、
私自身、病気で倒れ、人工透析、母からの移植、
そして今も、病院に月一度は通って、
大量の免疫抑制剤を飲んでいるわけです。
それでも、こうして、私が病気になったことから経験したこと、
学んだことは、計り知れず、
そんな病気に対して、感謝の気持ちすら湧いてくるのです。
もちろん、病気への不安が完全に消えたわけではありません。
移植して3年、毎月検査結果を見るたびに、一喜一憂し、
体調を崩したりするたびに心配して。。。
でもだからこそ、今、元気でいられること、そのありがたみが
ホントによく分かります。
前置きが長くなりましたが、
このワークは、当初、肉体だけに働きかけるワークだったものが、
前述したような、私のいろいろな思いが反映されて、出来上がっています。
自分自身が20日間体験してみて感じたことは、
外来での検査結果を見ても、なんの恐れも感じなくなったこと、
あんなに泣いたり笑ったり、いつ透析に戻るか分からない不安、
毎月ドキドキだったのですが、
今は、ものすごく冷静で、客観的にいられることになったことに、
自分自身で驚きました。
今、家族にワークをかけて、モニタリングしているのですが、
それぞれに、悩みがあり、変容があり、そして、そこに調整を加えることで、
新たに何かが生まれたり。。。
目的は、不調を直すことにフォーカスしているのではなく、幸せになることです。
幸せって、その人にしか分からないものですよね。
いろんな辛いことから学んで、でも、それも、幸せへの道なのかもしれません。
ここで、また、恒例の、スピリチュアルティーチャー講習での、
レポートを掲載させていただきます。
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私は子供の頃は、自他ともに認めるほど、健康体だった。
ほとんど風邪も引かないし、冬でも半袖で学校に行ったりしていた。
しかし、いつから自分は病気だという意識から抜け出せなくなったのだろう?
私に限って言えば、自分で病気を創り出したのかもしれないと思う。
高校の健康診断で引っかかったとき、父もそうだったから、私も腎臓が悪くなるのかもしれないと思いつつ、恐れるどころか、内心どこかで喜んでいた記憶がある。
それは小さい頃、たまに風邪を引くと、母がとても優しかったから。
病気知らずの私が病気になったら、母から優しくしてもらえるかもしれないという期待だったのだろう。
それから、本格的に慢性腎炎が発覚したのは、19歳。
痛みもなんの症状もないのに、夏休みに入院し、大量のステロイドを飲む、という治療が始まった。
それまで、体重が増えても、まったく気にせず、ダイエットなどしたことはなかったが、ステロイドの副作用により、みるみる顔に脂肪がついて丸くなり、2週間ほどで、自分の顔の変わりようを鏡で見て驚いた。
秋になり、学校が始まると、周りのみんなが驚いているようだったが、見て見ぬふりをしてくれた。
私は、その周りの反応も感じつつ、下膨れ、二重あごになった自分の顔が受け入れられず、そのころから、人に会うのが恐くなり、ふさぎ込むようになった。
顔が気になって、ご飯もあまり食べられず、体は痩せていくけど、顔だけが異様に膨れたままで、辛かった。
その後、薬が徐々に減っていくとともに、何年かかけて元に戻って行ったのだが、この時のトラウマは今でも消えない。
その後もいろいろあり、腎不全で倒れて透析になったのだが、自分が病気になった理由や、母から腎臓をもらってもいいのか悩んで、リーブスの仲さんのセッションを受けたことがある。
「あなたはそうなることを望んで、この家系に生まれてきたんですよ。血のカルマと言うんです」ということだった。
移植に関しても、
「もらったらいいじゃないですか、母ならみんな子供にそうしたいと思うものですよ」
とおっしゃっていた。
私は、それですっと心が軽くなった。
自分で選んできたんならしょうがない。
しかし、では、どこで病気を創り出したのだろう?
生まれる前からそう決めていたのかもしれないし、生まれてから、そう望んだのかもしれない。
両方かな。
でも、後から考えれば、
無意識とはいえ、病気になれば周りから優しくしてもらえるという期待も、こんなにも大事になるなんて、思ってもみない出来事だった。
それは、苦しい経験だった。
いや、今も扱いきれずにいる。
しかし、自分の病気を通して学んだことも、はかり知れない。
のほほんと健康に暮らしていたら、気付けないことがたくさんあったことは確かだ。
病院に行くといつも、こんなにもたくさんバランスを崩してる人がいるんだな、と思う。
なぜ人は病気を創り出すのかな?
きっと理由は人それぞれだ。
私は思う。
いずれは、医者も病院も、私の目の前からいなくなるんだろう。
でも、私が学びきるまで、きっとそれはそこにあるんだろう。
私が望む限りは。
最後までお読みいただいてありがとうございます。