雑司ヶ谷鬼子母神は、御本尊が室町時代に現在の文京区目白台の
池のあたりより掘り出されたものです。
東尋坊という寺に納められました。その後、安土桃山時代に稲荷の森と言われた、
当地に村の人たちがお堂を建て祀られました。

現在の本堂は徳川時代家綱の時代加賀藩主、前田家の息女で
安芸藩主に嫁いだ方より寄進により建立されたものです。

鬼子母神は安産・子育ての神様として広く信仰の対象になっています。

雑司ヶ谷鬼子母神堂の本院は威光山法明寺という、
真言宗・威光寺として開かれました。
その後、日蓮宗に改宗され、現在の名前になっています。

昭和35年に東京都の有形文化財に指定され、
昭和51年から4年かけて解体復元の大修理が行われました。
(寺のパンフレットより)

威光山・法明寺の山門






本院・本堂



鬼子母神堂への参道

本院からの入口



参道からの鬼子母神堂



大黒堂







鬼子母神堂を祀るお堂





御堂から見る参道