ボランティアの個人的見解 |  とある尼さんの誰にも言わないお話

うお!




タイトルだけ決めて




後で記事を書こうと思い




下書きしたつもりが…;;;








恥…汗汗




大変失礼致しました;;;


























…てな訳で、




改めまして












タイトルにある




ボランティア




についてですが。。
















この大きな震災が




身近に起きたことで






一か月が過ぎた今




さまざまな情報が




耳に入ってくるようになりました。
















隣県という事もあり




私の周りにも




あちこちで避難所の




ボランティアに




赴く方々が増えました。










皆さん




様々な体験をなさって




帰って来るようです。
















そこには




さまざまな事情を抱えた




避難者の方たちが




いらっしゃいます。














様々な故郷を持つ




様々な風習をもった




様々な考えの方たちが




集まっています。










色んな話を聞くたびに












そのような場所に




ボランティアに行くには




『覚悟』も必要でなくちゃ




なんないのではないか…


(ややこすい;;)




と思ったりします。













自分が良かれと思って




行ったことが、




必ずしも




相手に受け入れて




もらえる訳ではない。














テレビで映っている




被災地の避難所の






お互いが感謝で繋がっている




こちらが励まされるような




心洗われるような




風景ばかりではない






そんな現実が




そこにはあります。
































【volunteer】




を調べると




「無報酬 志願者」




といったような言葉が出てきます。








何を今更…との




ご批判を承知で申せば




ボランティアは奉仕であり、










己の行為に




相手に対して




見返りを求めないのは




無論、






「してあげる」




ではなく




「させていただく」行為である




という事です。




















今朝のテレビで




石原軍団の


渡哲也さんが、




食糧支援に行かれた


被災地で




「このような出会い


(機会だったかな?)




を頂いて




ありがとうございました!」




と、




避難所の皆さんに




お礼をなさっている様子を




拝見しました。










我々一般人と




状況の違いはあれど、




奉仕の真の気概を




見せていただいた




気がしました。














ボランティアは






誰からも強いられない




自ら願って行い




見返りを決して求めない


















それを考えれば




逆に




相手に対して




自分が好きでやらして


貰っているんだから、




奉仕させてもらってることに




感謝してもいいくらいだ




ってこと








…ですよね?


















私は




自己犠牲


奉仕活動って




人間の




もっとも尊い行為だと




認識する一方で










究極の




自己満足の自慰行為




なんて




思ってたりするんです。


















…だって


なんたって




「情けは人の為ならず」




なんですもん。










結局は


自分の欲求でしょ。








未曾有の事態を




目前にして








「なにかしたい」




「役に立ちたい」








こんな気持ち




説明なんかつかない。






本能でしょ。




こんなのは。





















命をもって




この世に在る存在は




すべて




おのれ程




愛しいものはない






それが




命の存在意義だからです。






















だから、




ボランティアだって




自分一人が空回りさえ


しないように


気をつけて




一所懸命やらせて


貰っているうちは






自己満オッケー




だと思うんですよね。








「すんませんすんません」




「ありがとうございますありがとうございます」




ってやってりゃ




いいんですから。。。














それを解ってて(覚悟して)




行けば






目の前のおじさんに何言われたって




どんな現場を目撃しようとも、






『も~、あんな人のいる処




いくもんですか!!』




なんて




言わないでもいいはずなんですよ。












ちょっとはムカつくでしょうが






「まー、




自分も




好きでやらして貰ってるから




しゃーないな…」




って。










ね。。。


















奇麗事だと言われるでしょうが




本当にボランティアが上手な人って




こんなものだと思うんですよ。








奉仕を受ける




相手の負担にならずに




さらっとね。
















知ったかぶりの上手な私が(笑)




更に思いっ切って


言ってしまえば




そこら辺が解ってない人が




ボランティアをしても、




自分にとってプラスになるどころか




マイナスにしかならない。







純粋な人であればあるほど




下手をすると




「よそ者」に




偏見と侮蔑を




平気で投げつける




恐ろしい人間になり下がってしまう…




そんな可能性がないわけでもない。













【ボランティア】の立ち位置




実際に行動するにあたって




これは常に肝に銘じるべきです。
























だからと言って




受ける側が




何の責任もないって訳じゃ




ないのですが。。。




















勿論




ボランティアを通じて




お互いが感謝と信頼を




通わせることができるようになれば、






素晴らしい仏国土(天国)が




現前するわけです。








ボランティアの




理想形でしょうね。
















これから




長い道のりを歩んでいく間




我々




東北人は




日本人は




そんな夢のような世界を




創っていけるでしょうか。
































創っていかねばね。







まずは




自分から。




自分の周りから。



































  この法は




  人々分上に


  


  ゆたかにそなわれりといえども




  


  いまだ




  修せざるには




  あらわれず






  証せざるには




  うることなし   


 


              』


 ( 『正法眼蔵』弁道話)
















南無三世諸仏