無明(むみょう) |  とある尼さんの誰にも言わないお話
雪掃き
2時間半


作業中
法句経(ダンマパダ)の
この一説が
ずーっと頭の中を
ぐるぐるしておりました
なぜか。





愚かな者は生涯賢者に仕えても、真理を知ることが無い。
匙が汁の味を知ることができないように。

聡明な人は瞬時(またたき)のあいだ賢者に仕えても、ただちに真理を知る。…
舌が汁の味をただちに知るように。






法句経~ほっくきょう


お釈迦さまが
生きていらっしゃった時
徒然に
お弟子さんや回りの人達に
話し説いた教えが、
編纂されたものです

原始仏教の最たるものと
されており、

釈迦その人なりが
よく表されている文献
であるとも申せましょう。






で、
この匙と舌の話



お釈迦さまは
何をおっしゃっりたかったと
申しますと…




現代風に言えば

「知ろう(話を聞こう)としないヤツに
何を言ってもムダムダ!」

てな
感じでしょうか*



ま~
お釈迦さまってば
CooooooL !








解ってない自分を見つめ直す
そして
謙虚な姿勢で
己の生から学びとろうとする

『愚を知る』
ということ


こんな人が
真の賢者だと
お釈迦さまは言いました。






時々
心の垢が溜まって

なにもかも解ったような
気持ちになりますが

それは大きな勘違い。




解ってるつもりが
一番解ってないのよね~







先入観があれば
目の前のものが
正しく見えない。



満タンになったコップに
それ以上の水は入らない
新たな水を入れるには
一度コップを
空にしないと…。






自分の価値観に
ぎっちりしがみついて
本当に大事なものを
見ようとしない

そんな人を
お釈迦さまは
「匙」と表現したんですね









…何を隠そう、
「匙」はこの私。





忘れないようにと
思っていても
すぐに忘れてしまう







凡夫です…はい。