前回から
何だか
気恥ずかしい
タイトルが
続いておりますが。
実は
金曜日はジブリの日
『ハウルの動く城』
の放送日だったんですね~。
先週の
『耳を澄ませば』
に続いて…
ジブリ作品て、
ほんっっとに
観たものを
幸せにしてくれますよね~(ホンワカ)
緑陰禅の打ち上げと
書道教室を
ハシゴして、
帰ってすぐに
テレビ前でした(笑)
恐るべし、ジブリ…
…なもんで、
引き続きですが
どうしても
書いておきたかったので
今回のタイトル
になった所感を。
映画の最後
ハウルの心臓(カルシファー)を
握りしめて離さない
西の魔女から
ソフィーが
心臓を
取り戻そうとする場面。
すでに魔力は尽きたとはいえ、
かつて
自分に呪いをかけた存在を
ソフィーは
まるごと受け入れ
赦します
あげく、
ただの
我が儘で頑なな
老婆になってもなお、
愛しい男の命を
我がものにしようとしている
元魔女を
彼女は
怒りをぶつけるどころか
優しく抱きしめ、
『お願い、おばあちゃん…』と
そっと囁き
返却を願い求めます
その瞬間
それまで
駄々っ子のように
言う事を聞かなかった
元魔女は
その瞳に
理知の光を取り戻し、
まるで
長老が子どもに言う様に
『しょうがないねえ、
大事にするんだよ…』
といって
あれだけ執着した
ハウルの心臓を
ソフィーに
あっさりと
手渡すのです。
それは
愛(慈悲)が起こした奇跡
だと
私は思います。
過ぎた過去を
ふりむかず
今目の前に
起こっている現実を
受け入れて
大きな愛をもって
己の信じる道を
健気に貫く
女主人公ソフィーの
頑固なまでの
愛の施しが
老婆の心の中に
最後までこびりついていた
エゴイズムを
綺麗に
剥がしてしまった
瞬間だと。
否定されず
最後まで
受け入れられた
老婆は
もう、
特定の何かに
しがみついて
自己確認をする必要が
無くなったのです
その姿は、
悪さをして
親の愛を確認する
こどもの様です。
『人は、何をもって、満たされるか』
と考えた時に、
『自己を認められた時、
人は充足する』
と私は考えます。
その人の
良いところ
悪いところ
ありのまま
そのままを
受け入れる行為は
母親の我が子に
向き合うそれです。
また、
主人公ソフィーは
自分が
実の母親に求めても
満たされきれなかったものを
自分の周りにいる
人々に
分け与えることで、
孤独な青年を満たし
寂しい子どもを満たし
不平で捩れた老婆を満たし
カカシを満たし
悪魔を満たし
自分をも
孤独という闇から
救い上げるのです。
己の悲しみを
他者の悲しみと
重ね合わせ
慈しむ
ソフィーの様な
生き方に
目覚めた人は
人生の喜びを
存分に
味わうことでしょう。
願わくば
世の中の人が
一人でも多く
ソフィーの様な
生き方に
目覚めますように。