自分運転は危ない |  とある尼さんの誰にも言わないお話
宗教っていうと

カルトやら何やら
下手すると
「宗教は阿片である」
なんて
曲解される事の多い昨今。



言っちゃなんだけど、

中途半端に

精神世界や
哲学などをかじった人が、


『自分、無宗教ですから』


なんて

胸を張ってる場合が
多い気がします。






しかし、

実際問題、
宗教なくして、


自分という人間が
人生のスタンスを
どこに根底としておいているか



自分を芯から理解するのは、

大変難しい。





しかも、

己の人生に
決定的な迷いが生じ、

それまで生きてきた日常を
すっぽり
見失ってしまった時、



突然

【自分をどう生きていいか
わからなくなる】



人が多いのです。



家族や
恋人、
上司や
友人さえも

自分を救えない状況にぶち当たった時、


そんな時、


正しい方向に
自分を導いてくれる


「核」を持っているか


持っていないか。


そこで

その人の人生は
大きく転換していくのではないかと
感じる訳です。





大袈裟な事にせず、


普段なにげに

自分自身と向き合って
みたときに、

今まで
芯から支えてくれたものは何かと


己に問うてみて下さい。


自分の「核」は

どういうモノであるか、


一度
考えてみて下さい。