迎えた婚礼の日。
チェ家の屋敷は朝早くから活動を始めていた。
婚礼衣装を馬車に積み込む者。
宴用の料理の準備を始める者。
屋敷の庭をいつも以上に入念に手入れする者。
チェ家のまたとない祝事に使用人たちにも気合いが入っていた。
テマンも朝早くからチェ家を訪れ、準備を手伝っていた。
婚儀を行なう寺へ向かうのは、ヨンとウンス、チェ尚宮とテマン、そしてミンスを始めとした数人の女中たち。
女中たちはヨンたちよりも一足先に寺へ向かい、準備を始めている。
ウンスとチェ尚宮が乗る馬車の御者をテマンがし、ヨンはチュホンに乗って一行は寺へと向かった。
立派な山門をくぐり本堂前まで行くと、柔和な笑みを浮かべた和尚と若い僧たちがヨンたちを出迎えた。
「ようこそ。お待ちしておりました」
「和尚様、本日はよろしくお願いします」
ヨンとウンスは頭を下げた。
「うむ、天も其方たちを祝福しておるようじゃ」
和尚の言葉に皆が天を仰いだ。
見上げた天はどこまでも透き通る秋空が広がり、澄み切った空から降り注ぐ陽射しが世界を照らしていた。
僧侶に案内され、二人はそれぞれの別の部屋で支度をする。
「では」
「うん、また後でね」
「……」
そう言ってもなかなか動こうとしない二人をチェ尚宮が引き離す。
「今生の別れではないのだ。早う支度をせねばいつまで経っても婚儀が挙げられぬぞ」
寺の一室。
暖かく穏やかな日差しが差し込む部屋でウンスの着付けは行われた。
婚礼衣装に合わせ、普段とは違う化粧を施される。
白粉をはたかれ、色粉や化粧墨で目元を縁取られ、真っ赤な紅で唇を彩る。
髪は華やかに結い上げられ、簪を挿してウンスの豊かな髪を飾った。
白絹で仕立てられた真新しい下衣、下衣の上に重ねられる中衣を何枚も着せられ、最後に全て覆うように華衣を纏う。
羽織った華衣は鮮やかで美しく、めでたい赤色がウンスを包んだ。
「とても美しゅうございます」
チェ尚宮は支度を終えたウンスを満足げに見た。
ウンスの着付けを手伝ったミンスや女中たちもほぉっと感嘆の息を零し、ウンスに見惚れた。
「まことにお綺麗です」
「ありがとう」
女人なら誰もが羨む白い肌に韓紅の衣はとてもよく映え、顔立ちがよりはっきりして
息を飲むほど美しい。
元々美しい顔立ちの女人だが、愛する男の元へ嫁ぐという慶びが、さらに彼女の輝きを身の内から溢れ出ているようだ。
「あの人もそう思ってくれると嬉しいんですけど」
ウンスは頬を染め、はにかんだ様子で言った。
大好きな人との、一生に一度の婚礼の儀。
できる限り綺麗な姿を彼に見せたい。
そして綺麗だと思われたい。
そう思うのは当然の女心だ。
「あやつも惚れ直しましょう」
チェ尚宮はこれまで王の妃たちに仕えてきた。
美しい妃もたくさん見てきたが、その中でも我が甥の嫁が一番綺麗だ。
そう胸を張って言える。
あの甥の気持ちが少しだけわかった気がする。
甥がどのような反応をするか楽しみだ。
きっと魂消て言葉も出なかろう。
チェ尚宮はにんまりと笑みを浮かべた。
「さあ、そろそろお時間です、参りましょう」
ウンスはチェ尚宮の言葉に頷き、ヨンが待つ本堂へと向かった。
*
清々しい空気の中、本堂では礼装を纏ったヨンが逸る気持ちを抑えてウンスを待っていた。
待つことには慣れている。
あの4年を思えば、こうして待つ事など造作もない。
そう己に言い聞かせるが、逸る心を抑えることは難しかった。
雅楽が鳴り響き、本堂の入り口にウンスが現れる。
ヨンは吸い寄せられるようにそちらへ視線を向けた。
楽が奏される中、チェ尚宮に先導されウンスが本堂に入ってくる。
ヨンは息が止まった。
周囲の音は遠ざかり、ウンスの姿しかその視界に入らなくなる。
呼吸をすることも、瞬きをすることも忘れ、ウンスの姿に魅入る。
まるで初めて出会った時のように。
ヨンのすべてがウンスになる。
それはウンスも同じだった。
ウンスの瞳は本尊前に佇むヨンの姿だけを捉えていた。
丈高な逞しい身体を濃紺の正装に身を包んだ堂々たる姿は見惚れてしまうほど凛々しく、背を真っ直ぐに伸ばした立ち居姿は美しい。
ヨンの姿を視界に入れた途端に胸が高鳴り、思慕が溢れ出した。
ウンスの瞳には早くも、うるうると涙が滲み始める。
ようやくあの人と一緒になれる。
あの人と夫婦に、家族になるのだ。
一歩一歩ゆっくりとウンスがヨンに近づいてくる。
ウンスを先導するチェ尚宮が呆けたままの花婿の側にくると、ぼそりと呟いた。
「花嫁に見惚れて言葉も出ぬか?」
ヨンの反応にチェ尚宮は満足げにほくそ笑んだ。
チェ尚宮の言葉にヨンははっと我に返る。
気がつけばすぐそばにウンスが立っていた。
ヨンがウンスに手を差し出す。
ウンスは迷うことなく差し出された大きな手にそっと手を重ねた。
もう二度とこの手を離されない。
そう誓いを込めてヨンはウンスの手をぎゅっと握りしめた。
ウンスも同じ想いでしっかりとヨンの手を握り返す。
万感の思いで、二人はお互い言葉もなく見つめ合った。
おっほん。
和尚が入堂してきたことにも気づかぬまま見つめ合う二人に、和尚はわざとらしく咳ばらいをした。
「そろそろ婚礼の儀を始めてもよろしいですかな」
慈悲の顔に笑みを湛え、和尚が二人を揶揄うように告げる。
二人は少しバツが悪そうな顔をしながら、もう一度微笑み合ってからしっかりと頷いた。
「新郎、チェ・ヨン、新婦 ユ・ウンス。本日ここに新たに夫婦の契りを結び、成婚の儀を挙ぐ」
厳かな雰囲気の中、和尚が高らかに宣言し、二人の婚儀が始まった。
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いよいよ二人の婚儀が始まりました(*´ω`*)
