それから婚礼衣裳のことですが、とチェ尚宮は切り出した。

 

「一から誂えるとなると少し時間がかかります」

 

この時代、ウェディングドレスなんてないし、伝統婚礼の韓服よね?

あの真っ赤な。

友達の結婚式で見たけど、刺繍もびっくりするくらい精妙ですごく華やかな衣装。

それを一から作るってどれだけ時間がかかるのかしら?

 

そんなことをウンスが考えていると、チェ尚宮は手元に置いてあった包みを卓の上に載せて風呂敷を解き始めた。

 

「もし医仙がよければこちらをお召しになっていただけぬかと。屋敷を整理していた折、出て参りました」

 

言いながら丁寧に取り出されたのは、艶やかな深紅の華衣。

 

「ヨンの母がチェ家に嫁いできた時に召した婚礼衣装です」

「ヨンのお母様の……?」


畳んであった衣を広げると色鮮やかな模様が目に飛び込んできた。

黄金色の刺繍は目をひくほど精巧で、富貴や長寿など吉兆を象徴する牡丹や鶴などの刺繍が施されていた。
 

「すごい……綺麗……」
 

ウンスは感嘆の吐息を漏らした。

ヨンの母親のものということは数十年以上も前のもののはずだが、衣はまるでおろし立てのように綺麗な状態だった。

風を通して、干して、畳み直され、丁寧に手入れされてきたことがわかる。

「これを着て婚儀に臨むのは如何でしょか?」

「でも……良いのかしら?」

「ヨンの嫁御に着てもらえるとあらば、義姉上もお喜びになるでしょう」
 

ウンスは確認するようにヨンを見た。

「叔母上の言う通り、母上も喜ぶかと」
「本当?ならそうしたいわ!」
「義姉上も背が高い方だったゆえ、そこまで手直しは必要ないと思うが羽織ってみますか?」
「良いんですか?」

 

ウンスは立ち上がり、早速衣を羽織ろうとしたが、あ!と何かに気づき手を止めてヨンの方を振り返った。

 

「貴方は外に出てて」
「何故」

 

ヨンは納得がいないというような顔をした。
 

「だって、今見ちゃったら当日の感動が半減しちゃうでしょ?お楽しみは最後までとっておかなきゃ!」

 

そう言って、ヨンの背中を押し部屋の外へ追いやり部屋の戸を閉めた。






これは、これは、なんとも……

チェ尚宮は衣を羽織ったウンスを見て、束の間呼吸を忘れた。
ウンスの白い肌に、深紅の華衣はよく映えた。

 

「叔母様、どうですか?」

「よく似合うております」

「本当ですか?」

「はい。あの男が見たらきっと惚れ直すでしょう」

「嫌だわ、叔母様ったら」

 

ウンスは頬を染めて、嬉しそうに笑った。

 

「あの人のお母様はどんな方だったんですか?」
「大層美しい方でした。元々身体が丈夫な方ではなく、ヨンを生んでからは床にいることも多くなり、ヨンが幼い頃に病で……」

「そうだったんですか……」

「兄と義姉は共に居られた時間はそう長くはありませんでしたが、この時代には珍しいほど、仲睦まじい夫婦でした。兄は義姉を亡くしても後妻を娶ることなく、ヨンを育てました」

 

あの人を生んでくださったお母様。

あの人を育ててくださったお父様。

一度はお会いしたかった。

 

お父様、お母様。
あの人が二度と悲しい思いや辛い思いをしないように、今度は私が守ります。

お父様とお母様の分まで。

二度とあの人から離れません、絶対に一人にしません。

お約束します。

だから、あの人の側に居させてください。

 

「兄も義姉も、今のヨンを見たらきっとお喜びになるはずです」

「あの人にも言ったんですけど、あの人天界ではとても有名人だったんですよ」

「真ですか?」

「はい。あの人のお父様が残した言葉も天界では有名で。『黄金を石の如く見よ』って」

「左様でございますか」

「はい、お父様の志をしっかり受け継いで清廉潔白で、とても立派な人で、多くの人から慕われているんです」

 

まさか私があのチェ・ヨン将軍と結婚するなんて、誰が想像できただろうか。

だけど、私は先の世界で有名なチェ・ヨン将軍と結婚するわけじゃない。

私は、チェ・ヨンというただ一人の男に嫁ぐの。

歴史とか家柄とか功績とかそんなの関係ない。

あの人が好きで、あの人が大切だから、あの人の側にいる。

あの人がそこにいてくれる、それだけで良い。

 

 




「では、残りはこちらで仕立て直します」

「よろしくお願いします」


チェ尚宮は手直しが必要な箇所を確かめてから、丁寧に衣を畳み直した。
それを見届けてからウンスは外で待っているヨンに声をかけた。

 

「お前の衣装も準備せねばな」
「俺はいつもの衣で良い」

「戯けたことを申すな。天女を娶るのであろう」
「……」

「採寸だけさせよ。寸法だけ測ればあとはこちらで仕立てるゆえ」
 

 チェ尚宮は持参してきた巻尺でヨンの背丈や肩幅を手際良く採寸していく。

 

「まったく体ばかり大きくなりよって……」

 

ウンスは黙って採寸されるヨンとぼやきながら採寸するチェ尚宮の様子を微笑ましく見守った。

 

ヨンの採寸が終わり、チェ尚宮は出されたお茶を一杯飲んで一息ついた。

 

「寺の和尚にはこちらから連絡しておこう。日取りはわかり次第連絡する」

「助かる」

「……」

 

チェ尚宮はヨンの顔を見据えた。

 

「何だ?まだ何かあるのか?」

「明日は出仕するのであろう?」

「ああ」

 

チェ尚宮はヨンとウンスそれぞれの顔を代わるがわる見てから言い含めるように言った。

 

「……くれぐれも遅刻などするなよ」

「……」

「え?」

 

そう言い残してチェ尚宮は皇宮へ戻って行った。

チェ尚宮を見送った後、ウンスは隣に立っていたヨンの大きな手に自分の指を絡めた。

ヨンがウンスを見る。

ウンスは満面の笑みを浮かべてヨンを見返した。

 

「貴方のお母様の婚礼衣装、とーっても素敵だったのよ!婚儀がすごく楽しみになったわ」

「それは何よりです」

 

屋敷の中に戻る途中、ウンスは気になっていたことをヨンに尋ねた。

 

「ねえ、さっき叔母様が言ってたのってどういう意味?」

「知りたいですか?」

「うん」

「ならばじっくり教えて差し上げます」

 

 

 

 

 

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***

 

ヨンの母親は一体どんな方だったのか……

ヨンの中で父親の存在はすごく大きいと思うんですけど、ヨンの母親のことはドラマでも小説でも一切触れてないんですよね。

でもヨン父が後妻をとらずヨンを男手ひとつで育ててきたのは、それだけお母様への愛情があったのではないな、と勝手に妄想してます( *´艸`)

高麗時代の婚姻がどんなものだったかは不明ですが、過去の日本でもそうだったように貴族の結婚は家と家との結びつきという時代ではないのかな?しかもチェ家は名門だし、縁談の話もあったのではないかと思いますが、ヨン父はヨン母に一途だったのではないかと思ってます。