さて、前回からの続きです。
皆さんからの物資、メッセージを持って翌日私たちは南相馬へ行きました。
当日の動きに関しては代官山LOOPのマシくんがわかりやすく解説してくれてるので、
そちらをチェックしてみて
http://amba.to/hpCHaH
きっかけはこのBlogで「南相馬に歌いに来て欲しい」とコメントをくれたまつさん。
物資の運び先をどうしよう?と考えていた時、呼んでくれる人がいるなら、ここへ行くしかないと思いました。
南相馬市は、
福島原発から20km~40kmにかかる地域。
地震、津波の被害も勿論大きく、今でも避難所での生活を余儀なくされている方も沢山いらっしゃるし、
さらに放射能の恐怖や風評被害と戦わなければならない非常に大変な場所です。
まつさん曰く、街に活気が無く不安な日々という事で、
私に出来るのはやはり音楽で少しでもリラックスしてもらう事かなと思い、物資や義援金だけでなく歌も届けに行くことに決めました。
しかし歌う場所はどうしよう?と途方にくれていた所、さらにTwitterを通して様々な方が協力してくださり、我流というバーを貸していただける事に。
まつさんのお友達、沢山の皆さんが待っていてくれました
本当に、微力だと思うけど、音楽のエネルギーが少しでも、
明るい気持ちや幸せな気持ちを生み出せるように祈り歌いました。
みんなと会えて、本当に良かった。
まつさん夫妻や、色々と協力してくれた相馬のDJ NAOKEYくん、南相馬市長桜井さん、六角ホテルのおじさん、避難所の皆さん。
色々な方とお話しして様々なことを感じました。
先の見えない不安と戦い、それでも地元を愛する姿。
国や東電への怒り。
私には、本当に何も言えなかった。
何が出来るか考えても途方に暮れてしまう程、壮絶な現実がそこにはある。
避難したくても、仕事がある。家族がある。
国が正式に勧告がなければ、お金の問題も解決しない。20kmと30kmの線引きなんて、何の信憑性も無い。
だから子供でも、妊婦さんだって、そこに居続けるという選択肢しか無いんだ。
そんな中で、私達に何が出来る?
考えれば、色々出てくると思う。
例えば私は、DELIくんが教えてくれた防護用マスクをまつさん達に直接お渡ししました。
署名や、デモに参加するのもひとつでしょう。
まず、考えるのが大事。
でもその前に、忘れないこと。
そういう現実があることから、目をそらさないで、刻みこむ事。
自分に置き換えて、イメージする事。
語り継ぐ事。
まずはそこから。
私達messengerはこれからも、どんなアクションが出来るか話し合い、みんなで考えていくつもりです。
私達は南相馬のみんなの事、
忘れない。
例えTVが取りあげなくても、
真実を伝えていく。
ずっと応援し続ける。
そんな風に思ってます
5月5日、子供の日の南相馬。
街には子供たちの元気な姿は見えず、
鯉のぼりだけが軒先ではためいていた。
限界の状態からでも、希望を見出そうとしている人達がいる。
あなたは何を思い、どう行動するか?
目をそらして、今まで通りに戻るのか?
未来は私達1人1人の手の中にあります