玉名市高瀬の願行寺境内に所在する
龍造寺隆信の首塚です。
文化財の指定は受けていません。
説明板によると、「肥前の熊」ともいわれた、戦国時代の猛将・龍造寺隆信は、天正12(1578年)3月24日に島原・沖田畷の戦いで、有馬・島津連合軍に討ち取られました。肥後高瀬川に遺棄された隆信の首は、ここ願行寺の四阿上人によって丁重に葬られ、その後、明治4年(1871年)に隆信の故郷の肥前高伝寺に移されたそうです。
一番左の五輪塔が首塚です。
※写真は2020年5月撮影
玉名市高瀬の願行寺境内に所在する
龍造寺隆信の首塚です。
文化財の指定は受けていません。
説明板によると、「肥前の熊」ともいわれた、戦国時代の猛将・龍造寺隆信は、天正12(1578年)3月24日に島原・沖田畷の戦いで、有馬・島津連合軍に討ち取られました。肥後高瀬川に遺棄された隆信の首は、ここ願行寺の四阿上人によって丁重に葬られ、その後、明治4年(1871年)に隆信の故郷の肥前高伝寺に移されたそうです。
一番左の五輪塔が首塚です。
※写真は2020年5月撮影