熊本市北区植木町豊田に所在する市指定有形文化財の

服部(はらぶ)の五輪塔です。

 

 国道3号から少し東に入った高台に所在します。

 説明板によると、凝灰岩で作られている五輪塔で、地輪は大きく4つに割れてしまっています。塔の高さは182㎝で、空・風輪は一石で造られていますが、風輪はかなり欠失しています。火輪は軒裏に軒に沿って太い沈線を四方に彫り込んでいます。水輪には、四方にキリークを薬研彫りにしてあります。地輪は、割れていますが、一面に「□治元年乙亥十月十八日入滅 □丘尼寿阿弥陀仏生年五十七」と刻んであります。これは欠字があるものの「健治元年(1275年)と考えられ、その年に57歳で亡くなった寿阿弥陀仏の極楽往生を願って建立されたものです。別名トーボージ五輪塔とも呼ばれています。

 

正面の説明板があるところから右の高台に入っていくと五輪塔にたどり着きます。

 

説明板の横の道を奥に登っていきます。

 

五輪塔は熊本地震によって倒れてしまっています(2020年現在)

 

指定の服部の五輪塔の隣には室町時代の宝篋印塔や服部の五輪塔と同サイズの五輪塔の残欠などがあります。真ん中が4つに割れている服部の五輪塔の地輪です。

 

水輪です。キリークが刻まれています。

 

地輪です。水輪の突起を治めるための穴が穿たれています。

 

水輪は上下にホゾが造り出されています。

 

 

水輪の上面は穴が穿たれています。

 

□治元年の文字が見えます。

 

「□丘寿阿弥陀仏」の文字が見えます。

 

 

 

 

 

火輪軒裏には水輪のホゾをはめ込むホゾ穴が穿たれています。また、太い沈線が四方に彫り込まれています。

 

服部の五輪塔の隣にある五輪塔です。かなり大きな水輪です。

 

服部の五輪塔の隣にある宝篋印塔です。基礎石に文字が刻まれています。

 

基礎石には「内空閑 玄高 永享六年十月・・」(1434年)の文字が彫られています。この地一帯を支配していた国衆の内空閑氏の一族のものです。

 

※写真は2020年5月撮影