危険なバクチ、選択と集中
アクオスは三重県亀山市に建設されたシャープ亀山工場で生産されていました。
液晶パネルに必要なガラス材や液晶、カラーフィルターなどの製造企業もこの工場に集約させて、
この工場だけでテレビの一貫生産ができる体制をとりました。
これは液晶テレビ製造のノウハウを外部に漏らさないブラックボックス化と、原材料の移動にかかるコストの
圧縮や時間的ロスの削減に大きく貢献したと思います。
アクオスは「世界の亀山モデル」と冠されて、国内生産のこだわりと技術の高さをうまくPRしたと思います。
思うにシャープは元々は広告ベタな会社だと思っていたのですが、この頃は広告戦略の上手さもあり、
液晶テレビ=アクオスの図式を作ることに成功したと思います。
亀山での成功が、さらなる巨大工場「グリーンフロント堺」(大阪府堺市)の建設につながっていきます。
敷地面積で亀山の約4倍もの巨大工場です。
シャープの新工場「グリーンフロント堺」見学記
…AV Watch
液晶パネルと太陽電池の生産に特化した巨大工場が2009年に稼働を開始しました。
総工費は8600億円。シャープの年間売上高が2009年当時2兆7600億円ですから、とてつもない投資額です。
グリーンフロント堺の建設はまだリーマン・ショック(2008年9月)を発端とする世界同時不況の前のことであり、
日本の電機、特に薄型テレビを生産する家電メーカーのイケイケぶりはすごいものがありました。
パナソニックもこの時期同様に、兵庫県姫路市に巨大液晶パネル工場を建設しました。
経済評論家は「選択と集中」という言葉をこぞって使っていた時期です。
不採算部門はバッサリと切り捨て、将来性がある部門にリソースを集中せよ!と声高に叫んでいました。
しかし、この巨額な投資と、液晶テレビへの事業集約にシャープ社内でも「これは危険だ」という声もあり、
グリーンフロント堺に助成金をバカスカつぎ込む当時の大阪府の方針に異を唱える府民も多くいました。
私は「もうシャープからはパソコンや情報機器を買うことはないんだろうな」と、それまでずっとシャープの
パソコンや携帯情報端末を使っていた一ユーザーとして寂しさを感じていた程度でした。
急転直下
リーマン・ショックによる世界同時不況が2009年に入り深刻化していきますが、それでもまだ液晶テレビは
売れ続けました。
量産化と競争による価格の低下が値ごろ感を生み、さらに2011年7月のアナログテレビ放送終了と
景気対策として、当時の麻生内閣が実施したエコポイント制度の後押しもあり、大型液晶テレビが飛ぶように
売れ続けていました。
しかし地デジ化特需、エコポイント特需は単なるカンフル剤でしかありませんでした。
地デジ化への移行が完了すると大型液晶テレビは全く売れなくなりました。
2012年1月~6月の国内テレビ出荷台数は前年同期比の7割減となりました。
薄型テレビ、12年1~6月期の国内出荷台数69.6%減
…J-CASTニュース
液晶テレビ専門メーカーとして特化したシャープにとってはとてつもない打撃です。
世界全体でもテレビの出荷台数は8%ほど落ちています。
世界での薄型テレビのシェア(2012年1~3月期)は
1位…韓国サムスン電子(19.2%)
2位…韓国LG電子(13.2%)
3位…ソニー(7.9%)
4位…中国TCL(6.5%)
5位…東芝(5.8%)
液晶テレビのシェアでは韓国勢に完敗し、さらに中国が割り込んできているというのが現状です。
PC用液晶ディスプレイの世界シェアともなると、日本は上位5位にはランクインすらしていません。
液晶テレビに関しては日本は完全に内弁慶であり、内需がここまで落ち込むと、即経営に行き詰るという
危うさを露呈したのが今回のシャープの経営危機問題です。
シャープは再生できるのか
私は経営コンサルではありませんし、シャープが果たして再生できるのかどうかは全くわかりません。
台湾の大手電機メーカー、鴻海(ホンハイ)
精密工業が救済に乗り出すという話が出ていましたが、
シャープの株価の異常なまでの急落に、救済を渋るような話が出てきていて予断を許さない状況です。
現在は従業員の5000人レイオフや不動産の売却、工場の売却などのリストラ案が出て、実行されつつ
ありますが、金融機関の大々的な支援も必要かと思われます。
「選択と集中」が完全に裏目に出てしまい、液晶テレビ以外には見るべきものがなくなったというのも
大きな問題だったと思います。
ザウルスは上手く育てれば、iPhoneになり得たはずです。
AmazonのKindle(キンドル)のような電子書籍サービスは、実はシャープは2000年に「ザウルス文庫」として
すでに始めており、XMDFという電子書籍フォーマットを普及させてきた実績もありました。
パソコンもMebius muramasa(メビウス・ムラマサ)という超薄型PC、今のMacBookAirやウルトラブックの
走りとなる商品を出していました。
これらは液晶テレビへの「選択と集中」のためにすべて中途半端に投げ捨てられてしまいました。
次に育つ芽を摘んでしまったのは経営側の責任なのか、株主など投資家側の問題なのかはわかりません。
iPhoneのようなスマホを作れない、AmazonやiTuneStoreのようなサービスを始められない、というのは
既得権益者の利益保護を最優先とする政官財の問題も大きいと思います。
シャープのみならず、ソニー、パナソニック、NECも株価は危険水域にまで下落しています。
日本の電機メーカーはこのまま消えて行くのか、再び日の目を見るのかはわかりません。
猫マンガで登場するモンフチ電機のモデルは以前(2000年頃まで)のシャープです。
会長の紋縁さんのモデルはシャープ創業者の早川徳次氏、ほかに松下幸之助氏や本田宗一郎氏の
人格を混ぜ込んでいるところもあります(猫バカの部分や、ハチャメチャな部分は除く)
それだけに、シャープという企業が消える、あるいは外国の企業となるのは残念なので、ぜひともこの危機を
乗り越えてもらいたいと思います。
三洋電機に続きシャープも、ということになると、日本のものづくりというのは何だったんだろうと日本人が
思うようになってしまうのではないかということも心配です。
(おわり)