村上春樹の『騎士団長殺し』をようやく読んだ。

 

『1Q84』を読んだ2009年以来だから11年ぶりの村上作品ということになる。

 

そういう意味では村上ワールドが懐かしかった。主人公の「私」は、過去の作品で登場した「僕」と似ているので、その雰囲気に浸ることができた。もっとも、「僕」よりは若干自己主張の強いキャラクターに感じた。「僕」だったら一切意見を持たなかったような場面でも、意見を述べたりした。

 

「私」は画家という設定だ。ただ、自らの作品で個展などが開ける成功している画家ではなく、会社の社長などの肖像画を描くことで生計を立てていた。物語が展開する9ヶ月においては、貯えがあり、週に2日の絵の教室だけでなんとか生活していける設定になっている。これも「僕」的で、料理をしたり、本を読んだり、音楽を聴いたり、ワインやウィスキーを飲んだりという、のんびりした時間を多く過ごしている。読んでいるほうとしては心地よかった。思えば村上春樹の小説で、『法律事務所』の主人公のように毎晩残業し、徹夜で資料を作成するような場面は見たことがない。

 

物語中にオペラがよく流れていて、時々YouTubeでオペラを聞きながら読んだ。モーツアルトの『ドン・ジョヴァンニ』も。クラシック音楽は、イギリスのクラシックFMというインターネットラジオ局でよく聴いていたがオペラはあまり聴いていなかったので、新たな趣味ができた。

 

「私」も隣人の免色という人物もインテリで、文学作品や美術作品、音楽作品などの言及が多く、知的な世界が楽しめる。そう、免色という男も面白かった。一切仕事をせずとも生活できるだけの富があり、自由に海外に行ったりしながら様々な経験をしている。それが彼の教養の源になっている。

 

その自由とのんびり感がうらやましくなるが、読んでいる立場からはそれも娯楽として楽しめる。

 

もっとも、この辺が批判の対象にもなるのだろうが。車などのブランドの描写が未だにバブル感が抜け切れていないと。確か、有名な編集者安原 顯氏は『ねじまき鳥クロニクル』の批判としてまずそのようなことを挙げていたと記憶している。

 

そう、登場人物のほとんどがどちらかというと裕福で、生活に困っていない。「私」は裕福ではないが、物語が進行する期間においては貯えがあり、贅沢しなければ、自由気ままに過ごす経済的余裕がある。実際、ある肖像画を描くことで、高額な報酬を得た。いくらかまでは示されていないが、主人公もエージェントも驚くような金額だということなので、相当のものだろう。さらに奥さんに逃げられたという設定になっているが、女性には困っていない。というか、むしろより華やかになったという印象を受けるほどで、哀れさがどこにもない。

 

ちなみに、「私」は不倫をするのだが、過去の作品の主人公「僕」の時のように受動的で何となくそうなってしまったというより、積極的に自分から誘いかけている。ここも、「僕」よりも自己主張の強さを表しているような気がする。

 

春樹ファン(最近ではハルキストと言うらしいが)には、こうしたある種の快適さも含めて、村上ワールドの醍醐味なのだろうが。

 

「私」が暮らす小田原の山の上の別荘という設定もよかった。田舎暮らしという観点では、まさに憧れる場所。実際、小田原は東海地震のことさえなければ僕も住みたいと思う。小田原から伊豆半島にかけた一帯は理想的な立地条件だ。海があり、山があって温泉があり、富士山が見えて気候が温暖だ。伊豆半島の下田には住みたいと思ったこともある。

 

便利さという点では小田原はさらにいい。横浜まで1時間、東京まで1時間半で行ける距離だ。

 

ほとんどのことは横浜で事足りる。都会を満喫したい場合でも。みなとみらい、中華街、元町で。

 

それでいて、あと30分あれば東京までも行けてしまう。

 

村上春樹自身は大磯に住んでいるそうだ。小田原と横浜の中間ぐらいの湘南海岸に面した場所。

 

優雅な暮らし。一言で言うとそんな感じ。そうした心地よさを、小説を通して味わうことができた。免色の物質的な豊かさと「私」の自由さはまた種類の違うものだが、時間に対しての制約がないという意味での優雅さを2人は共有している。そして芸術を味わう優雅さも。謎を探求し、好奇心を満たすためだけに時間を費やす余裕も。

 

そう、謎はでてくる。今までの春樹作品に共通するファンタシー的な要素は出てくる。そして、それが主要テーマとなり、その不思議な世界を通して免色や秋川まりえ、雨田具彦といった人物と関わっていく。

 

その現実と夢の中間のような領域は、スピリチュアルというものともまた違い、よりファンタシー的なものだ。でも、それを通してユングのいう集合的無意識のようなものとつながり、現代の日本と、第二次世界大戦中のドイツや日本などで繰り広げられた闇の世界と対峙する。

 

複数の登場人物の謎を追いかけながら、共通した世界につながっていくという展開に、ページをどんどんめくらされていく。

 

ただ、謎はすべて解明されなかった。物語としての決着はついたが、いくつかの謎は明かされないまま終わった。雨田具彦の目に映った騎士団長は誰だったのか、免色のもうひとつの顔とは、そしてそもそも、女たらしのドン・ジョヴァンニが誘惑しようとした女性の父親を殺害するというモチーフがなぜ逆になっているのか。物語の後半では、殺害するドン・ジョヴァンニのほうが善で、殺害される騎士団長のほうが悪という図式になっている。必ずしも善、悪という形で描写されているわけでもないし、モーツアルトのオペラを象徴として描いた全く別のストーリーを持つ絵での話だが。もっと細かいことで言えば、奥さんが主人公と離婚したいと思った理由。言及はされるが、不十分というか、あまりにも単純すぎて、そこまでミステリアスにする必要があったのかと思える。

 

もっとも、謎が明かされないことは、春樹作品にはよくあることだ。それについては『1Q84』の感想で述べた。

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、謎が解明されないことは不満だが、僕はもう諦めている。著者は解明したくないのだ。ならば仕方がない。謎は謎のままで残しておこう。

 

逆に考えれば、そこまで重要ではないということなのかもしれないし。

 

では、重要なメッセージは何なのか。

 

それは、読者それぞれが何をどう受け取るかによるのかもしれない。

 

「私」は画家としての道を模索していた。肖像画などではなく、本来描くべき絵を描いて画家としての才能を発揮させること。それは一連の事件を通して開花された。ファンタシー的な一連の事件がひとつのイニシエーション(通過儀礼)となり、「私」の中の何かが開かれた。作品としては発表されないが、おそらく今後優れた作品を世に残すだろうというところで物語は終わっている。あるいは、残さないのかもしれない。肖像画を描き続け、家族を幸せにすることを生きがいとすることを受け入れるのか。

 

あと、もうひとつの主要テーマと言えるのが、雨田具彦にしても「私」にしても、別の力によって描かされているという感覚。芸術に潜む根源的な力。いや、芸術だけでなく、あらゆる行動や営みに潜む根源的な力。

 

そこが僕に関係する部分かもしれない。

 

僕の場合は、『1Q84』との関係性、さらに言うならば、僕が小説を書くことになったきっかけである『国境の南、太陽の西』との関係性から、『騎士団長殺し』の僕にもたらすメッセージ性が見えてくるような気がする。『国境の南、太陽の西』を読んだ後はとにかく無性に小説が書きたくなり、書いたのが『味噌汁ロマンス』。あの時は何でもよかった。ただ小説が書きたかったのだ。

 

その後小説家を目指し、作品を書き溜めていった。ここで重要なのが、この時僕はすでに30代前半で、小説家を目指すには若干歳を取り過ぎていた。それまでは小説にも文学にもほとんど興味がなかった。僕は人生を探求する哲学者ではあったけれど、文学青年ではなかった。

 

小説家を目指す間数多くの作家の小説を読むが、村上春樹作品に一番影響を受けたといっていい。

 

逆に言うと、『天上のシンフォニー』も『百姓レボリューション』3部作も、村上春樹を読まなかったら生まれなかったかもしれない。

 

その後、小説に興味を失い、紀行文やエッセイを書き始めた。

 

ところがある時一転してもう一度小説を書くことになる。7作目に書いた『天上のシンフォニー』だ。

 

この時は、『天上のシンフォニー』が書きたかった。小説が書きたかったのではなく、天上のシンフォニーという物語が書きたかった。天上のシンフォニーでなければダメで、そのために英語に翻訳したり、日本語に翻訳したりしながら20回近く書き直しをして、約8年かけて出版までこぎつけた。天上のシンフォニーを世に出すまでは次の作品に取り掛かる気持ちになれなかった。

 

そして、無事出版された後はエネルギーを使い果たし、何も書く気になれなかった。これ以上小説家を目指したいとも思わなかった。

 

小説に関して唯一したことが、『味噌汁ロマンス』の書き直し。それは小説を書きたいというより、技術的に大きく成長した今改めて処女作を見直し、完成させたいという気持ちのほうが強かった。

 

そう、それ以上小説を書きたいとは思わなかった。僕の小説人生はそこで終わっていたのだ。つまり、『天上のシンフォニー』を出版した2006年と『味噌汁ロマンス』を書き直した2007年以降、僕は小説に興味を失っていた。

 

そして、『1Q84』を読んだのが2009年の8月。この時僕が一番興味を持っていたのは農的暮らしとエコビレッジ。今となって思うのは、この時に改めて小説を書こうという気持ちが芽生えたのだ。当時はそのことに気づかなかったが今改めて感想を読み返してみると、これがきっかけになっている。

 

 

 

 

実際僕が新たな作品を書くことを決意するのはその年の12月で、『天上のシンフォニー』を世に出すことに協力してくれた3000人委員会のメンバー達と同窓会のようなものを開いた時。

 

「続編書いて」

「わかった」

 

という非常に単純なやりとりで書くことを決めてしまった。

 

『天上のシンフォニー』の続編として書き始めたその小説が『百姓レボリューション』になった。

 

そして、『百姓レボリューション2』はまさに、『1Q84』での疑問を自分なりに解決するために書いたと言っても過言ではない。もっとも、これに関しては、『1Q84』だけではない。それ以外に、それを書くべき、書くことのできる題材がもたらされたのだ、実体験として。

 

『百姓レボリューション3』を書き終えてから、僕は小説を書きたいと思っていない。未だに思っていない。だから僕は『生きがいダイエット』でも、哲学者と名乗り、小説家とは名乗っていない。十代から目指していた(というか勝手になった)哲学者に戻ったということだ。

 

そして、『百姓レボリューション』3部作を読んでもらえばわかるけれど、小説家とか哲学者といった区分けや肩書自体どうでもいいことのように思える。

 

そう、『百姓レボリューション』シリーズはそういったことをすべてぶち壊す作品だった。

『百姓レボリューション』

https://www.amazon.co.jp/dp/4991064805

 

『百姓レボリューション2』

https://www.amazon.co.jp/dp/4991064813

 

『百姓レボリューション3』

https://www.amazon.co.jp/dp/4991064821

 

もしかしたら、すべては『味噌汁ロマンス』から始まった3つの物語を書くためだけに起こったことで、僕は小説家としての役割は終えている。

 

『騎士団長殺し』はその締めくくりとして読んだのかもしれない。僕が今後小説を書くかどうかはわからない。もしかしたら10年後ぐらいに書くかもしれない。

 

ただ、方法が何であれ、自分のすべきことはしていく。哲学者としてなのかもよくわからないが。今はThe Ikigai Dietを通して、伝えたいことを伝えていく。あるいはまちづくりとして、やりたいことをやっていく。そして何よりも自由を楽しみたい。料理をしたり、音楽を聴いたり、お酒を飲んだり、日当たりのいい部屋で快適な時間を過ごしたい。

 

あと、最後にひとつだけ。僕のつくる料理は「私」がつくる料理よりずっと健康的だ。

 

チーズ・トーストはないだろう。(笑)

 

 

『生きがいダイエット―哲学者が勧める、幸せに生きる食事法』

 

紙版

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kindle版

https://www.amazon.co.jp/dp/B085MT914C

 

youtube
https://youtu.be/iCFqorLAvXw


★目次★


なぜ哲学者が食事法を開発したのか 
健康法は世界で最も健康な人たちから学ぼう 
世界一長寿なブルーゾーンとは 
デンマークが幸福度ランキングで世界一に輝いた7つの理由 
里山で暮らす自然派の人たち 
幸せの三方よし 
オーガニックからベジタリアンまで、世間よしの食生活 
腸内細菌が喜ぶ食事とは 
間違った発酵食品の摂り方していませんか? 
市販の納豆がダメな三つの理由 
サバ対サケ、スーパーフードはどっち? 
サバ缶がダメな理由 
孫にやさしい「まごわやさしい」の食べ方 
糖質制限ダイエット対マクロビオティック 
ローフード対マクロビオティック  
スローフードと郷土料理 
健康の90%の鍵を握っている究極の秘訣とは 
ヒュッゲな食事法 
★ルールをなくす  
★七十%の食生活がものをいう  
★ハレとケ  
★ベジタリアンのご馳走  
★ブルーゾーンのお酒の飲み方  
★ヒュッゲな食事は相手よし  
★バイオダイナミック料理と自然な調理法  
生きがいダイエット・メニュー
★朝食
★昼食
★夕食
ブルーゾーンと北欧のヒュッゲな健康運動習慣
★家庭菜園の三つのメリット
★自転車に乗ると若返る三つの理由とは  
★ウォーキングもブルーゾーンのライフスタイル
★幸福度世界一のフィンランド発祥のスポーツとは
★北欧のサウナと日本の温泉  
健康法で迷った時に何が正しいかを見極めるモノサシとは 
★第一回東京オリンピックを境に変わった日本
★自然派の人たちを見習おう  
★森の民には森の菌を
健康オタクが病気になりやすい2つの理由 
★過去の成功体験瞑想
★マインドフルネスとノルディック・ウォーキング  
★日本人なら全員成功体験がある  
★日々の思考も選べる
★思考は腸にも影響を与える  
★出されたものは喜んで食べる  
最大の認知症予防は考えること
★勉強することは世間よし
★考える習慣をつくる
★図書館はヒュッゲな場所
今までのまとめ
生きがいの見つけ方  
★ブルーゾーンと生きがい
★生きがいと死生観
★死後の世界は存在するのか  
★ブルーゾーンでは信仰を持っている人が多い  
★死生観について勉強することも生きがいになる  
★チベット仏教では死に方が重要  
★史上最大の賭け
★幸せの三方よしを実践することは今後の生きがいになる  
★自分よしの幸せにはポジティブ・シンキング  
★相手よしの幸せは  
★相手の話を聞く
★半聴半話(はんちょうはんわ)
★シェアリング  
★コーチングは相手よしのコミュニケーション法  
★世間よしの幸せは  
★デンマークのような社会を目指そう
★中高年が一番決定権を持っている
★何もしないことで次の世代にチャンスを与える
★投資する  
★世間よしの消費活動
★好きなことをする  
★自己探求も生きがいになる  
★第二の人生のミッションを見つける  
★生きがいのある生き方をすることで健康になる  
生きがいダイエットとは
納豆の作り方
酵素玄米の作り方
仲間を作ろう

 

『生きがいダイエット―哲学者が勧める、幸せに生きる食事法』

 

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