あらゆる学問の根本にあるものとは、哲学である。かつてのプラトンの「アカデメイア」のようなものが本来の学問の源であり、大学の永遠普遍の場所なのである。


 大学において、「実学」は、サイエンスとして、「科学」と訳されることもあるが、しかし、この「科学」とはまた、その根本は「哲学」でもあるものである。


 哲学を学ぶことを通じて、人類普遍の永遠の哲理を発見する悦びは、人間として、至上の法悦である。


 確かに、真なる哲学とは、形而上学や宗教的な神仏をも肯定し、包摂するものであるが、しかし、宗教的なものからだけでは、真なる哲学は生まれない。やはり、哲学を育むものは、哲学であり、哲学者を育む者は、哲学者であるのである。


 故に、哲学というあらゆる学問の原点に立ち返って、プラトンやアリストテレスやカントやヘーゲルや福澤諭吉や西田幾多郎などの哲学者の道に学ぶことこそが、学者や学生の永遠の原点なのである。


 それが法学部であろうと、経済学部であろうと、文学部であろうと、その根本は哲学である。従って、自己の天分は、この哲学に基づいて真に果たしてゆかなければならないのである。


 このように、学を志す者は、すべからく、哲学の門を拓きつづけるべきである。それが、あらゆる学問の源であるからである。


 現在、学問と言われるものであっても、哲学を軽視するものは、本当の学問ではないのである。本当の大学ではないのである。


 このように、永遠不滅の叡智の法門こそが、哲学の門なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

    天川貴之

(JDR総合研究所・代表)