学問を日々修めるということは、知的幸福の道である。高尚なる哲学の悦び、思想の悦びというものはあるのである。


 確かに、文学にも悦びはあるであろうが、哲学を学ぶ悦びを持つということは、自らの内に哲学を持つということでもある。


 例えば、ルソー全集などを、一巻一巻、丁寧に読み込んでゆくということは、人類の叡智的遺産に対して心を開き、無限の叡智的世界へと己が魂を飛翔させてゆくことなのである。


 このように、ルソーの魂の思索的叡智を深く味わって文筆してゆくと、ルソーの境涯の徳を味わうことが出来るのである。


 福澤諭吉の「学問のすすめ」とは、それは、世界的叡智的偉人に学ぶ道でもあり、哲学的幸福を幸福とする大道でもあるのである。


 高尚なる人類的叡智の営みに対して、自らの心を習熟させてゆくことによって、永遠の幸福を得てゆくのである。このように、心の中に世界史的偉人を持つということは、極めて尊いことなのである。


 ルソー全集を福澤諭吉の思想の中において味わい続ける時、思想家の悦びというものが確かに実感されるのである。思想家の魂となって、哲学を味わい、思索し、著述することが出来るのである。


 真なる哲学的思索の中にこそ最高の叡智的幸福があり、ルソー全集の中には、確かに、真なる理性の悦び、徳高き叡智の悦びがあるのである。

 

 

 

 

 

 

    天川貴之

(JDR総合研究所・代表)