車で新しいプロジェクトのMTGに向かう途中
仕事について
人生について
大切な人についてなど...
悩む or 考える!? がテーマで、僕とスタッフ: 野口の会話
は始まった。
何がきっかけでこのような会話が二人の中で生まれたかは定
かではないが、きっと二人とも様々な出来事が日々目紛しく
起こっているからなのか。
不安 !? それとも将来に対する期待 !?
まぁ、それは後になって野口がどちらで話をしていたのか、
個人的に気になっただけだが。。
それはそうと、展開はこうだ。
野口: 最近,ビジネスかプライベートで悩み事は最近ありますかぁ?
僕 : (やっぱり,まわりからは楽観主義者と思われているのかなぁ)
僕 : 考える事はあっても、悩む事はないよ !
野口: それって京セラの稲森会長の本にも書いてありましたよ。
深い意味ですよね。
僕 : 「!?!?」
と、こんな展開から始まったのだが...
正直な話し、後になって深くこの会話に関して考えてしまった。
瞬発的に悩み事はありますか?と言う問いかけに対し、悩む事は
ない!と回答し、考える事はあると回答したものの, この回答の
前者と後者ではその人の示すメンタル面に大きな開きがあると思
った。自分なりに整理すると、悩むと言う行為は不安という要素
を必ず含んでいるのではないか。そして考えるは、建築で言う建
設行為をおこなう意欲を必ず含んだ上での作用ではないか。この
ような考えをもった上で、両者を比較するとメンタル面において
歴然的な開きがある。
実際に社内のスタッフにおいても、悩み悩んだあげく不安にかり
だされ、その不安な状態になっている自分をより不安に感じ、負
のスパイラルにはまっている光景をよく目の当たりにする。
特に、学校教育や一般常識的な事に対する物差しを強くもってい
る人のほうが、不安が大きく日々悩んでいるようである。
僕は、心理学を勉強した訳でもセラピストである訳でもないが、
学校教育や一般常識的な事に対する物差しを強くもった上での「
こうあるべきだ的」な思考は、社会では通用しない事はよく考え
てみれば誰でもわかるはず。にも関わらず、まるでよくある「親
から期待されたレール」のように、自分のレールを決めつけて自
分自信は「こうあるべきだ」という考えが、悩み=不安になって
いるように思える。結局は自分の考え方を形成した理論事態が本
末転倒ではないのだろうか。。。
特に僕たちのような職業においては、学校教育や一般常識的な考
えはオリジナリティーを損うだけである。当然のように、オリジ
ナリティーがなければ評価はされないし、目標に辿り着けない。
悩み=不安は決して悪い事ではないが、自分なり目標をもったう
えで、そのゴールまでの仮説を立てられるのであれば、もっと自
分の悩み=不安に至るまでの過程で芽を摘む為の「リスクマネー
ジメント」が必要に思える。
だって、その方が早く目標に辿り着くでしょ!
そして、日々の努力の蓄積が充実感に変わるだろうし、単純に日
々が楽しく思えるのではないだろうか。
その上で、自己成長プロセスがおのずと設定されると思う。
話は変わってしまったが、そのような考え方を踏まえた上で自分
自身は悩む事はなく、常に考えている。そして、考えた上で今の
仕事を楽しんでいる。今、瞬間を楽しんでいる。
人から、楽観主義者と思われようがそれでいい。
自分の人生だから、自分が楽しければ。
ただ、自分の生まれて来た意味を、そして自分の人生を通しての
意義を明確にするまでの考えまでは、辿り着いていない。。。
だから、偉そうな事を言っても人生を先々まで通して見据えた上
で、自分自身が楽しめているかを、考えるとわからないが。
仕事について
人生について
大切な人についてなど...
悩む or 考える!? がテーマで、僕とスタッフ: 野口の会話
は始まった。
何がきっかけでこのような会話が二人の中で生まれたかは定
かではないが、きっと二人とも様々な出来事が日々目紛しく
起こっているからなのか。
不安 !? それとも将来に対する期待 !?
まぁ、それは後になって野口がどちらで話をしていたのか、
個人的に気になっただけだが。。
それはそうと、展開はこうだ。
野口: 最近,ビジネスかプライベートで悩み事は最近ありますかぁ?
僕 : (やっぱり,まわりからは楽観主義者と思われているのかなぁ)
僕 : 考える事はあっても、悩む事はないよ !
野口: それって京セラの稲森会長の本にも書いてありましたよ。
深い意味ですよね。
僕 : 「!?!?」
と、こんな展開から始まったのだが...
正直な話し、後になって深くこの会話に関して考えてしまった。
瞬発的に悩み事はありますか?と言う問いかけに対し、悩む事は
ない!と回答し、考える事はあると回答したものの, この回答の
前者と後者ではその人の示すメンタル面に大きな開きがあると思
った。自分なりに整理すると、悩むと言う行為は不安という要素
を必ず含んでいるのではないか。そして考えるは、建築で言う建
設行為をおこなう意欲を必ず含んだ上での作用ではないか。この
ような考えをもった上で、両者を比較するとメンタル面において
歴然的な開きがある。
実際に社内のスタッフにおいても、悩み悩んだあげく不安にかり
だされ、その不安な状態になっている自分をより不安に感じ、負
のスパイラルにはまっている光景をよく目の当たりにする。
特に、学校教育や一般常識的な事に対する物差しを強くもってい
る人のほうが、不安が大きく日々悩んでいるようである。
僕は、心理学を勉強した訳でもセラピストである訳でもないが、
学校教育や一般常識的な事に対する物差しを強くもった上での「
こうあるべきだ的」な思考は、社会では通用しない事はよく考え
てみれば誰でもわかるはず。にも関わらず、まるでよくある「親
から期待されたレール」のように、自分のレールを決めつけて自
分自信は「こうあるべきだ」という考えが、悩み=不安になって
いるように思える。結局は自分の考え方を形成した理論事態が本
末転倒ではないのだろうか。。。
特に僕たちのような職業においては、学校教育や一般常識的な考
えはオリジナリティーを損うだけである。当然のように、オリジ
ナリティーがなければ評価はされないし、目標に辿り着けない。
悩み=不安は決して悪い事ではないが、自分なり目標をもったう
えで、そのゴールまでの仮説を立てられるのであれば、もっと自
分の悩み=不安に至るまでの過程で芽を摘む為の「リスクマネー
ジメント」が必要に思える。
だって、その方が早く目標に辿り着くでしょ!
そして、日々の努力の蓄積が充実感に変わるだろうし、単純に日
々が楽しく思えるのではないだろうか。
その上で、自己成長プロセスがおのずと設定されると思う。
話は変わってしまったが、そのような考え方を踏まえた上で自分
自身は悩む事はなく、常に考えている。そして、考えた上で今の
仕事を楽しんでいる。今、瞬間を楽しんでいる。
人から、楽観主義者と思われようがそれでいい。
自分の人生だから、自分が楽しければ。
ただ、自分の生まれて来た意味を、そして自分の人生を通しての
意義を明確にするまでの考えまでは、辿り着いていない。。。
だから、偉そうな事を言っても人生を先々まで通して見据えた上
で、自分自身が楽しめているかを、考えるとわからないが。