単純に考えれば、世界で経済的に(GDP)、
日本は4番目に恵まれているはずなのに、
アタマの良さでは40位
(東京大学39位/世界大学ランキング)。
日本という国には
お金には執着するけど、女性への敬意とか
自身の知性・品性の向上には興味ないという男が
ウジャウジャいるということなのかも知れません。
2015年に
国連サミットにより採択された
SDGs(エスディージーズ)の中には、
「みんなに質の高い教育を」とあるけど、
そもそも教育とは、
オトナでもコドモでも より高い知能を
身に付けたいと思う人が
教えたり教えられたりするもの
であるはずなので、自分の無知愚鈍を自覚せず、
知的能力を身に付けたいとも思わない人がいる以上、
「みんなに質の高い教育」は無理なのではないかと、
思ったり思わなかったりもしています。
「哲学が複雑多岐であることを別にしても、我々の判断が我々自身に与える混乱と、各自が自分の中に感じる不確実を見れば、我々の判断がきわめて不安定であることは容易にわかる。」
(「エセ―」ミシェル・ド・モンテーニュ)
我々は、我々自身の判断が、
きわめて不安定であることを自覚して、
我々自身も、我々の判断同様に、
ゆらゆらとうつろいでいるということを、
十分に認知して生きていくべきで
あるようにも思われなくもないのです。
「私は全身全霊で信じ切っていたものを、一度ならず、百度も、千度も、いや毎日、この同じ頭脳で、これと同じ条件で、何か別の視点を抱きながら、あとでそれを虚偽であると判断したことがなかったであろうか。」
(「エセ―」ミシェル・ド・モンテーニュ)
賢者はまず、
自分の判断・知識に疑問を呈し、
賢者とは、同じ知識で、
同じ条件で、同じことを、
ああでもないこうでもないと、
何度も何度も毎日毎秒毎分毎時間繰り返し、
思考し続けられる人であるのかも知れません。
そして賢者は、つねに知識を更新し続け、
新たな知識を取り込みながら、
毎日毎日ああでもないこうでもないと、
思考し続けられる人でもあるようです。
「あとから見出されたものが前のものを捨てさせ、古いものに対する気持ちを変えさせる。」
(「エセ―」ミシェル・ド・モンテーニュ)
昨日の気持ちは今日、塗り替えられ、
今日の気持ちは明日、また、捨て去られるのが、
アタリマエでもあるようにも思われます。
それほど、今の気持ちは、
不確実であるということなのかも知れません。
「少なくとも自分の誤りやすい本性を考えたら、我々は変更を加えようとするときには、もっと控えめに、慎み深く行動しなければならない。
(「エセ―」ミシェル・ド・モンテーニュ)
文武両道なき、知性品性の低き者たちが、
考え出した卑俗な貨幣経済から、
金の亡者と化した者たちが
考え出したクレジット・カード、
挙句の果てにはキャッシュレス、仮想通貨等々、
我々は慎み深く変更を加えようとしているのかどうか、
はなはだ疑わしいような気もしないでもないのです。
「しかも、それ自身しばしば矛盾していたり間違ったりする道具によって受け取るということを思い出さなければならない。」
(「エセ―」ミシェル・ド・モンテーニュ)