天、共にあり1 | コラム・インテリジェンス

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透き通るような心が…ほしい…。

ジジィになると、

すべてが新鮮です。

衛星放送の番組表を見て、

録画予約を入れるときも、

何度も見ている番組を、

平気で再々予約します。

挙句の果てには、その番組を、

何度も繰り返し見ているはずなのに、

はじめて見た番組のように思い込み、

新鮮な感動と感想をもってしまえるのです。

 

同じ本を何冊も買ってしまうことなど、

ジジィにとっては日常茶飯事で、

それでもさすがに朝のコーヒーを、

何杯も繰り返しガブ飲みしないのが、

むしろジジィの不思議

ともいえる事態で

あるのかもないのかも

知れないのかもかとも、

思われなくもなかったり

あったりもしているようです。

 

「熱砂のガンベリ砂漠は人を寄せ付けない。摂氏53度、強烈な陽光と熱風がいかなる生命の営みをも封ずる。砂漠は美しい。一切の人為と修辞を避け、凛と立つひとつの啓示である。」

(「天、共にあり─アフガニスタン30年の闘い」中村哲)

 

自然はいつでも

凛としているようです。

人もアタリマエに自然の一分であり、

人の心身もすべて自然の一部であることを、

我々は忘れているのかも知れません。

 

人も

虚飾も虚栄もない自然体こそが、

凛として映り、

美しいと感じるはずです。

 

我々が美を求めるのなら、

まずは我々の中にある

虚飾と虚栄を

捨て去ることから始めるのが

肝要であるのかとも思われます。

 

「知識が増せば利口になるとは限らない。情報や交通等々の文明が発達するほど、どうでもよいことに振り回され、不自然な動きが増すように思われてならない。」

(「天、共にあり─アフガニスタン30年の闘い」中村哲)

 

豊かで平和な時代になったからといって、

スマホ・ゲーム・SNS等々

どうでもよいことに振り回されて、

歩きスマホ・ながらスマホ等々のように

不自然な動きが

アタリマエになってしまえば、

本来のアタリマエのルールやマナーが

軽んじてしまわれるようです。

 

アタリマエにアフガンやガザ地区、

アゼルバイジャンやイエメン、

ナイジェリアやエトルリア等々、

 

世界の多くの戦闘地域、国々で

我が国のように歩きスマホやゲームに

興じる人は少ないようにも思われます。

 

平和と安全は、

人類にとっては大切なことだけど、

我が国の男のように、

ストーカー・DV・盗撮・痴漢・

強姦・強盗・殺人等々の

犯罪に走る者を増やし、

人間を下劣したためてしまうのかも知れません。