フランソワ6世37 | コラム・インテリジェンス

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透き通るような心が…ほしい…。

「論語(ろんご)」には、

「温故知新(おんこちしん)」

という言葉もあるようです。

 

「故(ゆえ、事の起こり、理由、原因)」

の知恵を、歴史を、研究して、

そこから新たに論理倫理、

道理を身に付けていく

ということだそうです。

 

ご存じ「論語」は、

現代にも通じる、いや、現代だからこそ、

重要なキー・ワードとなるような

教えに溢れているようにも思われます。

 

「女の武士道(論語より)1」

https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12534119935.html

 

ココで一緒に、

「論語」や「ロシュフコー」に

触れ合っている人々が、まさに、

「温故知新」の実践者、賢者であるということに

なるのかも知れないような気もしないでもないのです。

 

「重大事においては、チャンスを新たに作り出すことよりも、いま目の前にあるチャンスを活かすことに専心すべきである。」

(「箴言」ラ・ロシュフコー公爵フランソワ6世)

 

物事が、

うまくいかなくなったり、

停滞して不安が生じた場合に、

 

新たな視点も大事ではあるけれど、

それ以前に、

いま目の前にある状況の、

再検討、再把握、ダブルチェック、

ダブルアナライズ、トリプルチェックが

優先事項であるようにも思われます。

 

「頭のいい馬鹿ほど、始末の悪い馬鹿はいない。」

(「箴言」ラ・ロシュフコー公爵フランソワ6世)

 

IT関係、SE関係等々、

なまじイッチョマエに稼ぐ者が、

人間的にも総合的にも

イッチョマエであるとは、

とうてい思えません。

 

むしろ、普通におバカな者のほうが、

人間的には優秀で、総合スキルもあり、

彼らほど始末に悪いともいえない

ような気もしないでもないのです。

 

「たしかに世間は判断を誤りがちだが、たいていの場合、真の価値をけなすよりも、間違った価値をもてはやすほうが多い。」

(「箴言」ラ・ロシュフコー公爵フランソワ6世)

 

どちらにしろ世間とは、

おバカの集まり、

衆愚の塊とでも

いうことのようです。

 

「自分を偽ろうとするよりも、あるがままの自分を見せるほうが、得るところは多いだろうに。」

(「箴言」ラ・ロシュフコー公爵フランソワ6世)

 

これを理解していない、

あるいは気付いていない、

またはそこまで

考えてもいない人々が、

実に多いようにも

思われなくもないのです。

 

「我々が自分自身を判断するよりも、我々の敵が我々を判断するほうが、むしろ真実に近づいている。」

(「箴言」ラ・ロシュフコー公爵フランソワ6世)