ハロウィンで悪質な
ナンパが横行している
だとか、
誰が被害者なのか、
ほんとうに、
関係者全員がキリスト教徒
であったのか、
キリスト教徒でもない人が、
ハロウィンで云々となれば
悪質も巻き添えも
いかがなものかの命題も
残されているのかも知れません。
もうこうなれば、
コロナうんぬんなどではなく、
なんならウィルス感染
どうこうなどですらなく、
ノーマスク、顎マスクの男が
ブサイクすぎるという件だけに
話を絞って論争が起きてほしいと
願うばかりのようであるとも思われます。
先日は、
短髪ちょび髭顎マスクの
タクシー運転手に遭遇、
この輩はまさに
ホームレス寸前かと
見間違えるほどの醜さ、不潔感。
コロナ云々、なんなら、
ウィルスどうこう抜きに、
ノーマスク、顎マスクの男についての、
醜卑、醜悪、醜劣だけを話題に、
論争が起きるのを期待しているのです。
「私ははっきりという。精神は自然の共通的秩序からものを知覚するたびに、いいかえれば、外面的に、ものの偶然的な出会いから、このこと、あのことを観想するように決定されるたびに、自分自身や自分の身体そして外部の物体についての十全な認識をもたず、ただ混乱した、そこなわれた認識しかもたない。
だが内面的に、いいかえれば、多くのものを同時に観想することによって、ものの一致、差異、反対点を知るように決定される場合には、そのかぎりではない。
なぜなら精神が、このあるいはあの仕方で、内面的に決定されるたびに、ものは明瞭、判明に観想されるからである。」
(「エティカ」スピノザ)
精神は、もともと
おバカであるから
人間が生きて、
いろいろな物事を
知覚、見聞き、触れ合うたびに、
ただ混乱、そこなわれた認識しか
もてないのに、人間精神は、
おバカすぎるゆえに、
そのことにさえ気づかず、
わかったつもりになっているけれど、
知識、経験等々
多くのものを同時に観想すれば、
知識、経験等々、
多くの実績を積み重ねていけば、
ものは明瞭、判明に観想
されていくものと
考えられるのだと思われます。
「我々は我々の外部にある個物の持続について、きわめて非十全な認識しかもちえない。」
(「エティカ」スピノザ)
すべての個物=要因は、
すべての要因の影響を
受けているということは、
スピノザ哲学によって、
すでに証明されているので、
これに基づけば、
すべての要因が流動的で
流動する要因同士が
影響し合って存在している現実は
誰もその状態を十全に
認識することはできない
ということなのかとも思われます。
「その帰結として、すべての個物は、偶然的で可滅的であるということになる。なぜなら我々は、個物の持続について十全な認識をもつことができず、そしてこのようなことこそ、ものの偶然性とか消滅の可能性として理解しなければならない。」
(「エティカ」スピノザ)