ルネ・デカルト13 | コラム・インテリジェンス

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透き通るような心が…ほしい…。

「良識はこの世で最も公平に配分されているものである。というのは、他のすべてのことでは満足させることのはなはだ難しい人々でさえ、良識については、自分がもっている以上を望まぬのが常だからである。」

(「方法序説」デカルト)

 

僕はそうは思えません。

 

もちろん、デカルトのいうように、

良識については、多くの人が、

自分が持っていると

思い込んでいる以上のものを、

もちたいとは思ってもいないのでしょうけど、

 

だからこそ、

多くの人の良識が

欠如しだしているのであって、

 

だからこそ、

というわけでもないのだけれど、

 

僕は自分の良識を疑い、

より高い次元の良識を

獲得したいと常に、

思い焦がれてもいるのです。

 

「まさかすべての人が誤っているとは思えない、という証拠として、よく判断し、真なるものを偽なるものから分かつところの能力、これが本来良識または理性と名付けられるものだが、これはすべての人において生まれつき相等しいこと。したがって、我々の意見がまちまちであるのは、我々のうちにある者が他の者よりもより多く理性をもつから起こるのではなく、ただ我々が自分の考えをいろいろ違った途によって導き、また考えていることが同一のことではない、ということから起こるのである。」

(「方法序説」デカルト)

 

 まず第一に、

 すべての人が

 誤っているという可能性も、

 ゼロではないとも思われます。

 

 次に、

 すべての人に、

 生まれつき、同じような理性が、

 備わっているとも思われないのです。

 

 性悪な人間というものを、

 僕も何度も目の当たりにした

 経験があります。

 

「ゆっくりとしか歩かない人でも、もしいつもまっすぐな途をとるならば、走る人がまっすぐな途をそれる場合よりも、はるかに先へ進みうるのである。

 私はどうかといえば、自分の精神が、いかなる点でも、普通の人より完全であるなどと思ったことはない。

 それどころか、私はたびたび、ほかの人々のもっているような、すばやい考えを、はっきりとしてまぎれのない想像を、内容豊かな、またすぐにこたえてくれる、記憶を、もちたいと望んだものである。」

(「方法序説」デカルト)