あのジェイムズ家の娘アリスの日記32(了) | コラム・インテリジェンス

コラム・インテリジェンス

透き通るような…心が…ほしい

 冬っぽい三寒四温から

 春っぽい三寒四温へと

 季節はゆっくり

 移り変わっているようです。

 

 ウクライナの人々に同情する人の割合と、

 コロナを人にうつさない気持ちの

 強い人の割合は同じくらいで、

 

 ウクライナ問題に

 無関心あるいは良く知らない人の割合と、

 コロナを人にうつすことに

 無関心で無神経な人の割合も同じくらいで、

 

 それが賢者と愚者、

 人として人であるのか、人として人でないのか、

 その違いが大きすぎるようにも思われます。

 

1892年 ケンジントン

「3月4日

 だから私はもはや恐れていない。

 神聖な停止という深い海に初めて浮かんでいるのを感じ、すべての愛しい古くからある神秘や奇跡が霞となって消えてしまうのを見た時は、なんとすばらしい瞬間だったことか!

 あの初めての経験が繰り返されないのは幸いだ。くせになるかもしれないから!」

(「アリス・ジェイムズの日記」アリス・ジェイムズ) 

 

 「アリス・ジェイムズの日記」を採り上げたのは、

 僕が常々私的に、ジェンダー問題に不信と不安と興味を感じていたからなのです。

 

 女性差別、蔑視、

 マイノリティー・ジェンダーたちへのヘイト・スピーチ等々、

 世界はいつまでもその劣悪、醜悪なる偏見と偏狭なる思考、思想を棄てそうにもありません。

 

 「アリス・ジェイムズの日記」を読んでいて、

 僕が常に感じ続けていたのは、

 アリスという優れた才気ある女性、

 

 世間には謎として付された病に苦しみ続け、

 43歳の若さでこの世を去った才色兼備なる美女、

 

 アリス・ジェイムズの批判的、懐疑的、皮肉な視線、

 世間に対する冷酷なまでの視点が素敵であるということと、

 

 アリスの強烈な思考、思想をほど良く緩和し融和させていたのは

 ビアン・パートナーの愛と性であったという事実に

 驚愕しながらも、興味深く、新たな知識として与えてくれたということでした。

 

「3月5日の土曜日中、

 そして夜になってもアリスは文を綴っていた。

 彼女が私に最後に言ったのは、3月4日の『精神的不調和や神経的恐怖』の文を修正することであった。

 この3月4日の口述は一日中彼女の頭脳を駆け巡っていた。

 そしてたいそう衰弱し、口述はひどく疲労させたが、彼女は書き留めてもらうまで頭を休めることができなかった。

 それから彼女はほっと安堵したようで、私はミス・ウールソンのお話『ドロシー』を最後まで読んで聞かせた。」K.P.S.

(「アリス・ジェイムズの日記」アリス・ジェイムズ)

 

 「アリス・ジェイムズの日記」は

  ここで終わっています。

 

 最期の文章は、

 アリスの長年のビアン・パートナー、

 キャサリン・P.・ローリングによる追記のような記述でした。

 

 今は亡きアリスとアリスのビアン・パートナー

 キャサリンことK.P.S.の冥福を祈ります。

 

 ジェンダー問題にかかわるすべての人に、

 いや、そうでない人々にも、

 出来るだけ多くの人々に、特に男性に、

 この「アリス・ジェイムズの日記」を熟読

 深く深い洞察と知識を持って完読していただきたい。

 

 偏見、偏狭、醜悪なる思考を持ったすべての人も、

 この、アリスの日記を読んでいただけたのなら、

 少しは従来のジェンダー問題の一角に、ジェンダー問題を論じる人々の知識に、思考に、大きな落とし穴があったことに気付かれることかとも考えます。

 

 今後、より高い思考、

 より聖なる思想を求めて、

 さらなるジェンダー問題が論じられ、

 新たな局面が切り開かれていくことを期待します。