歩きスマホをしている人の割合が
歩行者全体の半分くらいだと思う人は、
全人口の半分くらいがマトモな人だと
思える人なのかも知れません。
都心の自転車マナールールの
半分は遵守されていると考える人も、
全人口の半分くらいがマトモな人だと
思える人なのかも知れません。
「仕事先で偶然、古くからの知人に出くわしたときの驚きは新鮮であるけど、次に他の仕事先で他の古くからの知人に出くわしても、最初の時ほど驚きは少ない。
人間は一度そういうことがあっただけで、二度目は当たり前に感じてしまうのである。」
(「ファスト&スロー」ダニエル・カーネマン)
ファスト人間は安易にパターン化してしまう。
少しでも共通点を見出したなら、
あとは深く考えずに同じようなパターンとして認識し、
見過ごしてしまい、エラーにも気付かず、
すべての事象をアタリマエ、
まさにファスト・フードの如き安易さと簡易さと、
奥深さのこれっぽっちもないような人間と化してしまうようです。
「彼女は、ただの不運だってことを受け入れられないようだ。
何が原因なのか、どうしても知りたがっているんだよ。
しまいにはきっと、誰かが意図的に自分の仕事をめちゃめちゃにしたと言い出すだろう」
(「ファスト&スロー」ダニエル・カーネマン)
彼女が学ぶべきであったのは、
「私たちは偶然によって条件づけられ、偶然の中に生きる。」
(「アリストス」ファウルズ)
『アリストス 4 「ファウルズは語る」』
https://ameblo.jp/column-antithesis/entry-12534119842.html
で、あって、
すべての物事の原因を究明明確にすることは、
不可能であり愚行であり、
己の知的レベルの低さを
自ら暴露しているようなものなのです。
そして彼女の
知的好奇心の強さという素晴らしい才が、
彼女自らの知的レベルの低さによって
開花できずに終わってしまう可能性をも
秘めているようです。
彼女が、あと少し学問すれば、あらゆる事象に
因果関係・証明可能なエビデンスが
備わっているわけでもなく、
むしろそれがより自然的であり、
それこそが自然の摂理の重要性をも表象している命題ともなってくる ということに気付いていたはずなのです。
「明示的な文脈がない場合、システム1は勝手に一番ありそうな文脈を生成する。」
(「ファスト&スロー」ダニエル・カーネマン)
明確な説明をしてもらわなければ、
無知で愚かで経験不足の人は、
己の拙く少ない知識と経験と愚かな脳で考え得る
一番ありそうな論理を生成する。
なまじそのようなおバカな論理を思いつくような
中途半端な、いや、ほとんど無知な人よりは、
何も思いつかず、何も生成せず、何も発言しないような、
控えめで愚かな無知な人のほうが有難いようにも思われます。
「あなたは選択肢が存在すること、つまり他の解釈が可能であることにさえ気づいていないのだから、ここで活動しているのはあなたのシステム1だけであることは明らかだ。」
(「ファスト&スロー」ダニエル・カーネマン)
システム1は直感的、浅はかではあるが、
スピードは速く、ファストな活動。
システム2は知識と経験、
実績と絶え間ざる探究心と努力によって、
始めて培わられるもので、努力とか真面目さとか、
勤勉、誠意のない人には生涯備わることのない
人類が手にすることのできる叡智でもあると思われます。