「般若心経は
御経ではなく呪文、真言(しんごん)である。」
(「般若心経ドリル」福井文雅)
般若心経も御経ではあるけれど、他の経典とは違い、
般若心経には「序」も「結」もなく「本文」だけ
なので、一番おいしい部分だけを取り出し経典全体の御利益に授かろうという、たいへん楽ちんで有難い御経、
いや、呪文、真言であるようです。
「昔からインドも中国も日本も現実の世界は苦しかった。
楽しさを求めるどころではない。それよりも以前に、
苦しいこの現実の生活からどうしたら抜け出せるか?
苦しい時があったときに
助けてもらえる呪文があれば救われる。
インドのときから『般若心経』全文でもって、
御経ではなく『呪文』『おまじない』として活用されていたのだ。」
(「般若心経ドリル」福井文雅)
苦しい時の神頼みでは、いつ助けてくれるのかがわからない。
苦しい時に速攻で苦しみから救い出してくれる呪文、
それが般若心経であるようです。
「生活に根付いて、現実的。
だからこそ、
般若心経を唱えることをみんなが喜んで受け入れた。」
(「般若心経ドリル」福井文雅)
唱えるという行為は、正しい呼吸法を要する。
正しい呼吸法は
歌を歌うときでも武道においても必要とされるけど、
正しい呼吸法が心をホッとさせてくれることも知られているようです。
そして般若の場合には、
そこに叡智的正当性という大義名分が付随されている。
正しい呼吸法と自分が正しい人間であるという
確信も得られるのだから、よりいっそう、どのようなエクササイズよりも世界中で長く愛され、伝え続けられているのかも知れません。
「玄奘三蔵が中国からインドへ行く旅の途中、国境付近でインドの坊さんから『この呪文を唱えれば、この先、助かりますよ』といわれ授かった呪文のなかで、一晩で暗記することのできる最後の部分、『それだけでもあらゆることが起きても救われるのです』と教えられた呪文。」
(「般若心経ドリル」福井文雅)
それは
羯諦羯諦(ぎゃーていぎゃーてい)
波羅羯諦(はらぎゃーてい)波羅僧羯諦(はらそうぎゃーてい)
菩提薩婆訶(ぼじそわか)般若心経(はんにゃしんぎょう)