親鸞3 | コラム・インテリジェンス

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透き通るような心が…ほしい…。

「なぜかというと、

 それはまさに、罪深く、 

 ただただ悪を重ね、

 煩悩の燃え盛ってやまない我々衆生を救いとろうとする願であらせられるからである。」

(「歎異抄/第一章」親鸞)

 

ゼウスと女神たち、そしてブッダの願いは

我々すべての人民を救うという本願にあると信じる心。

 

「だから、本願を信じさえすれば、

 そのうえさらに善の行いを積み重ねるなどという必要はまったくない。

 念仏よりもすぐれている善などというものは絶対にありえないのだから。

 また、自分の悪行をも少しも恐れてはならぬ。

 弥陀の本願による救いを妨げるほどの悪などどこにもないのだから。」

(「歎異抄/第一章」親鸞)

 

親鸞のいう念仏とは、南無阿弥陀仏。

が、それぞれが信じるもの、それぞれの信念を唱えれば

それだけで良いのかとも思われます。

 

ちなみに僕の念仏は、

「そしてゼウス、アフロディティをはじめとする女神たちよ、

 僕を救いたまえ、僕を助けたまえ。南無阿弥陀仏、

 南無妙法蓮華経、恵照院妙光信女、魔訶般若波羅蜜多・・・・・」

であります。