「今こそ、思い起こせ!
君はどれほど前からこれらのことを延期しているのか?」
(「自省録」マルクス・アウレリウス)
人として、命を授かった以上、当然考え、思い起こして、
自然、アタリマエの摂理、真理、真偽、信義について、
熟考するという義務を、我々はいつから怠り、延期
しまくってきたのでしょう?
「また、いくたびも自然の真理から機会を頂いておきながらこれを利用しなかったのか?
しかし今こそ!自覚しなくてはならない。
君がいかなる宇宙の一部分であるか、その宇宙のいかなる支配者の放射物であるのかということを。」
(「自省録」マルクス・アウレリウス)
何も考えなかった結果、物事を熟考しなかった結果、
我々はどれほどのチャンスを見逃してきたのでしょう?
我々は、宇宙の中のいかなる者であるのか、
我々は、宇宙の中の、
どのような真理の支配下に置かれているのか、
それらを今こそよくよく考えて、
自覚しなければならぬようです。
「そして君には一定に時の制限が加えられており、その時を用いて心に光明を取り入れないなら、時は過ぎ去り、君も過ぎ去り、その機会は二度と再び君のものとはならないであろうことを。」
(「自省録」マルクス・アウレリウス)
我々の人生には、アタリマエに死という時空制限がある。
それまでに、死ぬまでに、心に光明を見いだせぬまま、
時が去り、我々自身もこの世を去れば、アタリマエに、
取り返しのつかぬこととなるであろうことを今こそ、
自覚しなければいけませんよ、
ということなのかも知れません。