ブッダ・メッセージ34 | コラム・インテリジェンス

コラム・インテリジェンス

透き通るような心が…ほしい…。

「あえて困難な道を選択しよう」(法句経245)
 
聞いただけでも避けたくなります。
 
「恥を知り、感情の暴走を抑制しよう」(法句経245)
 
表面的には可なのかも知れませんが、
そのぶん、内面での葛藤は困難を極めてしまう
ような気もしないでもないのです。
 
それでもブッダが、
「あえて困難な道を選択しよう」
とおっしゃるのなら、従ってみようという気にも
なれるような気もしないでもないのです。
 
「心の欲望・怒り・迷いという『三毒』を
 薄めるように努めよう」(法句経245)
 
欲望が湧きおこらぬような努力、
怒らないような努力、迷わず「まぁいいか」と思える
努力を心掛けます。
 
「執着をサラッと手放そうという努力」(法句経245)
 
これなら楽チンそうではあります。
もともとにあまり執着心もないぶん、
向上も出来なかったのかも知れませんが。
 
「居丈高になってしまう傲慢さに気を配ること」
 (法句経245)
 
「唯我独尊」「慇懃無礼」「傍若無人」「無愛想」「投げやり」
などという御批判を頂き続けた人生ですので、
この教えはまったく守れていなかったようです。
 
「スッキリとした生活を送れるような研鑽を重ねる」
 (法句経245)
 
外見は「スッキリしている」「さっぱりしている」とは
言われるけれど、内面はウジウジしている部分もあるので、
この際、スッキリ心を身に付けたいとも思われます。
 
「そして、苦しくても、常に自分の心を観察し続けること」
 (法句経245)
 
これもわりと楽チン。
自分大好きなので、常に自分の欲する気持ち、
自分が不快だと感じていないか等々は、
反芻しているような気もしないでもないのです。
 
「安易な道を選んでしまう人」(法句経244)
 
真逆であると考えれば良いのかも知れません。
 
「知識も乏しく、心も貧しいのに、学習意欲に欠ける人」
 (法句経244)
 
これも僕には当てはまってしまうように思われます。
 
「彼らは己のチッポケさにも気付かず、
 人並みまたはそれ以上を望み、生意気で厚かましくなる」
 (法句経244)
 
僕は、己がチッポケであることは
重々承知しているつもりですけど、
人並みではありたいし生意気だし厚かましくもあります。
 
「彼らは己の心を向上させようという困難を避けた。
 ゆえに堕落しつつ苦悶し、恐怖の中で息絶える」
 (法句経244)
 
それだけは避けたい。
困難な道を避けることは反省しますから、
恐怖で息絶えるのだけは御勘弁していただきたい。
 
それでは、困難な道を選べば、どのような御褒美が
期待できるのでしょう。
 
「彼らの苦悩は取り除かれ、真理と知の大海原に
 自由気ままに身を任せる。
 彼らはあえて真理と知の冒険への道を選んだのだから」
(法句経245)
 
羨ましい。
ココでリンク先のURLまで追跡し、
どこまでも知を貪ろうという努力を惜しまぬ人々は、
選ばれし人々。
 
その逆は僕にはできません。
 
それでも、その方々を見習って、
その方々に少しでも近づきたいと願っているのです。
 
ともに歩ませていただきたいと思います。