僕はガールフレンドが
「○○、ランチは何にする?」と僕に聞いただけで
彼女がランチを何にする腹づもりなのかが
おおよそわかります。
彼女が僕にいきなり「ランチは何にする?」と聞くのと、
「○○、ランチは何にする?」では彼女の心象が、
すでに違いを露わにしているようなのです。
「『証拠がないのに、どうやって結論に達したのだ?』
マーカムの口調は意地悪かった。
『もっぱら心理分析によって──
──個人の可能性を科学したと言ってもいいかもしれない。
人間の心理の本性は、
烙印のようにはっきりと読み取れるものなのだ。
・・・まるでへスター・プリンの緋文字のように・・・。』
ヴァンスはこともなげに言い放った。」
(ヴァン・ダイン「ベンスン殺人事件」)
ナサニエル・ホーソーンは「緋文字」のなかで、
不倫を犯して出産した女性主人公ヘスター・プリンが
悔恨と懺悔、尊厳と自立の中から
再生と新しい人生を導き出していく様を描いていたようです。
人の心象は消去法と弁証法的三段論法を駆使すれば、
あるていどは見えてくるものなのかも知れません。
勿論その根本には
心理学的法則を数多く習得しておくという知識が
必要とされているのかも知れません。
たとえば
「私たちは、出来事ではなく、
出来事に対する自分自身の見方に悩まされる」
(エピクテトス「エンケイリディオン」)
から
「合理的な信念が、健全な情動的帰結を生み出す」
(エリス「理性感情行動の情動理論的アプローチ」)
コラム・インテリジェンス「エリスの法則」)
「エクスタシーは別の現実への第一歩だ」
(ミハイ・チクセントミハイ「創造性」)
コラム・インテリジェンス「幸福スパイラル」
「超自我は、自我に敵対するときにのみ、明確な姿をとる」
(アンナ・フロイト「自我と防衛」)
コラム・インテリジェンス「傷つかぬ方法」
が、ホーソン。
ホーソンは「緋文字」の根底科学とも言うべき著作も
いくつか著しているようです。
「幸福とは蝶のようなものだ。
追い求めている時には、掴もうとしても逃してしまう。
しかし静かに座っている時には、自ずから近寄ってくる。」
(ナサニエル・ホーソーン「予言の肖像画」)
静寂、平安、安寧、冷静・・・。
何かのアクションを起こすよりもむしろ、
己の心の平常を保つことに専念していた方が、
時に幸せなチャンスも多く訪れるのかも知れませんネ。
「すべての個人には、この世における天職が与えられている。
その仕事を見つけられるどうかが、
生涯において最も重要なことだ。」
(ナサニエル・ホーソーン「泉の幻影」)
何かのアクションを起こしたい気持ちはあります。
が、それよりも己の内面を整え、己の心の安寧を創り出し、
世に向かっては常に平常心で臨める体制を
準備しておくことが重要なのかも知れません。