「境(きょう)、順なる者は怠り易く、境逆なる者は励み易し。」
(吉田松陰「講孟剳記」
──環境が順調に整えられている状況で生きてきた者は怠けやすく、逆境に生きてきた者は何事にも一生懸命励むことができる。
──順調な状況においては人は怠けやすく、逆境におかれた人間こそ、より一層の努力を発揮することができる。
──人は順調な時には怠慢に陥り易く、逆境の時にこそ、頑張ろうと励み易くなる。
いろいろな解釈ができそうな言葉ではあるようです。
が、松陰は妹千代への手紙で、その解釈のヒントとなるようなことを残しているようです。
「禍福(かふく)は縄の如し」
──禍(わざわい)と幸福は縄のように入り乱れている。禍は福のタネとなり、福は禍のタネとなる。
「人間万事塞翁(にんげんばんじさいおう)が馬」
──馬を手に入れて喜んでいても、その馬によって怪我をしたり不幸を呼び寄せてしまう場合もある。
──人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからない。
春が近くに来ている。
春の気配を楽しんでも、春には花粉症の苦しみを味わう人もいる。
春が来て嬉しくても、どこに春の落とし穴が潜んでいるのかはわかりません。
春には喜ぶよりも危機感をもって注意を怠らず、
「春、喜ぶ者は怠り易く」ならぬよう気をつけ、
そのなかでも春の楽しみを見出せるように努力するのも、春の楽しみ方のひとつであるのかも知れません。
コラム・インテリジェンス「春の匂い」
春と秋、幸不幸、運不運はすべてパラドックスのような表裏一体の様相を見せてくれるようです。
単純に喜怒哀楽を感じ取るのも良いけれど、その深層に目を向けてみるのもまた一興であるような気もいたします。
コラム・インテリジェンス「欠落と欠如または選択の自由 」