デュマというモンテ・クリスト | コラム・インテリジェンス

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透き通るような心が…ほしい…。

岩窟王「モンテ・クリスト伯」を著した大デュマことアレクサンドル・デュマ。
 
彼の館の入り口には
「私を愛する者を私は愛する」という刻印が記されていたらしい。
 
57歳の時には40歳年下の女性と同棲。
 
65歳の時には38歳年下の女性と半同棲。
 
・・・まあ・・・、自宅の刻印通り、人生を謳歌していたようにも見える。
 
が、「私を愛する者を私は愛する」という言葉の真意は、何処にあるのか。
 
多くの人も、己を愛してくれる人には好意を抱くようではある。
(なかには、“愛されるのは迷惑”という人もいるかとも思われるけど)
 
それでも、わざわざ、自宅の玄関に
「私を愛する者を私は愛する」という刻印を記す真意は・・・?
 
愛されたいから?
「私を愛してくれれば誰でも、私も愛します」という声明?
 
愚かなオジさんには、どうにもわかりにくい。
 
が、大デュマの、57歳で40歳年下の女性と同棲、
65歳の時には38歳年下の女性と半同棲という事実は、
 
愚かなオジさんを、いや、愚かなオジさんだからこそ、
勇気づけられるような気もしないでもない。
 
大デュマは自身、モンテ・クリスト伯なみに
波乱に満ちた生涯を送ったらしい。
 
で、僕自身はというと、大デュマの生き方にも元気づけられるけど、
やっぱり大好物は、
大デュマの息子である小デュマの著した「椿姫」。
 
大デュマの人生に元気づけられながらも、
「椿姫」の純愛に憧れる。
 
大デュマの人生に近づきながらも、
小デュマの純愛を大切に忘れない。
 
そんな人生がベストなのかなぁとか思ってしまう。
 
そしてまた、こんなことを考えている己に
愚かさの真髄を見出してしまったりもしているのでした。