そもそもが間違っているようです。
62歳のジジィが、
「女性の好みは20代中盤から40代まで。マセていれば23歳くらいからでも可」
などと公言しているのです。
昨日は誕生日であったため深酒。
(誕生日でなくても深酒ですが)
言い訳としては、昨夜は誰かしらから「誕生日を祝ってあげる」というお誘いがあることを想定して、
ここ数日アルコールから遠のいていたのです。
そのため、昨夜ははじけすぎてしまいました。
(いつものことですが)
その反省を込めて、早朝にジムに行き、トレーニングの後そのままジムで迎え酒。
(プールサイドに軽食とビールを楽しめるコジャレたスペースがあるのが不思議)
帰宅後2本目のビールを飲んでいます。
合間にブログを1本書かせていただき掲載済みでもあるのに、
ビールが2本目に突入したのを機に、なんだかもう1本ブログも掲載させていただきたくなりました。
何の根拠もないけれど、これで本日ブログ2本、ビール2本ということでツジツマが合うような気もしないでもないのです。
実をいえば、現在ガールフレンドからの連絡待ち。
この関係は違法ではないけれど金銭が絡んでいるので、正確にはガールフレンドとは呼べないのかも知れません。
が、ジジィともなれば、多少とも金銭が絡まねば、女性との出会いなどは考えられません。
言い訳としては、金を物欲とか安定、健康・老後(もうすでに老後ですけど)に使うのなら、金を、かりそめとはいえ、愛に使う方が正道であると信じ、自分に言い聞かせてもいるのです。
それにしても愚かなる情動の繰り返しを重ねてきた人生。
運よく天職のようなものに出会えたから、ここまで生き延びてこれました。
が、僕のような人間は、知人・友人が僕を評するように「ヤクザか詐欺師、それ以外は運よく学者になるしかない」
ヤクザにも詐欺師にもなれなくて良かった。
が、学者というのはおこがましい。
だからといって、魅力も感じなかったわけでもないというのが本心でもあるようです。
結局、自分が歩んできた道が、天職であり、己の運命であったと理解するのがベストであるようにも思われなくもないのです。
それにしてもおこがましい。
おこがましい人生であったようにも思われます。
62歳のジジィが、
「女性の好みは20代中盤から40代まで。マセていれば23歳くらいからでも可」
などとぬかしているのです。
それでも、それでもジジィは今もって愛がほしい。
懲りずに生意気に、浅はかにも愛とビールを求めているのです。