卑劣 | コラム・インテリジェンス

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透き通るような心が…ほしい…。

「ぼくが良い人間だなんていわないでください。

 むしろ、卑劣な人間になりたいんです」

(チャンドラー「長いお別れ」)

 

チャンドラーも数十年前に読み耽った記憶だけが残されています。

最近では再読、再再読の作品に救われているような気がしています。

 

「″夢の女″近思録」

http://blogs.yahoo.co.jp/shigetage/41640879.html

 

「卑劣な人間になりたい」

「卑劣な人間になれるものなら、どれだけ気楽に生きられるだろう」

「卑劣な人間になれば、この苦悩からは解放される」

 

このような情動を抱いた経験のあるかたは、

おそらく善人、おそらく良心をお持ちのかたであると考えられます。

 

が、損している。

が、すべての公務員とはいわないけれど、公務員のように卑劣に生きられたら、どれだけ楽ちんであろうかなどという情動は、多くの人々が抱いている情動であると思いたい。

 

そうでなければ、公務員に多く見られるような卑劣な輩ばかりの世の中であると認識せねばならなくなるような気もしないでもないのです。

 

男女の社会格差では抜群の悪醜・卑劣なる順位を誇る日本。

「男の卑劣度と女性蔑視は比例する。」

http://blogs.yahoo.co.jp/shigetage/39799001.html

 

卑劣な心は、それを卑劣だと自覚できぬ卑劣な人々の処世術でもあるようです。

良心的な心は、利己的な己と対峙して初めて、その真価が問われるようにも思われるのです。

 

「超自我は、自我に敵対するときにのみ、明確な姿をとる」

(アンナ・フロイト「プレ・エディパル」)

「戦略的人生と話し方」

http://blogs.yahoo.co.jp/shigetage/40587994.html

 

私事、ちょいワルおやじを自称する人々が苦手です。

ホンマモンになるほどの度胸も才覚もないが、

ちょっとカッコだけつけて、自分の逃げ場は確実に用意しておく。

 

その人の逃げ場には、妻も子も恋人も、入り込む余地はない。

自分だけが助かればよいという卑劣な心を感じてしまうのです。

 

「卑劣漢」

http://blogs.yahoo.co.jp/shigetage/39046123.html

 

誰でも悪意という情動を持つことがあるような気もしないでもないのです。

が、それを悪意と自覚し修正するのが良心であるとも思われます。

 

悪意とか卑劣とか醜悪なる情動を制御するか、そのまま放置するのかで、その人の品性が問われてくるのかも知れません。

 

「そうした感情を覚えることと、

 それらが信念体系と化すに任せることとはまったくちがう。」

(アルバート・エリス「理性的生き方へのガイド」)

 

「自業自得」

http://blogs.yahoo.co.jp/shigetage/39591856.html

 

卑劣が社会化してしまえば、その社会は醜悪となる。

醜悪な社会で幸せを享受できぬ人々は善人、良い人といえるような気もしないでもないのです。

 

醜悪なる社会において、その社会的に順応している人々は、醜悪なる社会においてはかりそめの幸せを感じることができるのかも知れません。

 

「幸せな人びとは、並外れて、社会的だ」

(マーティン・セリグマン「オプティミストは なぜ 成功するか」)

「たかたか鬼シンドローム」

http://blogs.yahoo.co.jp/shigetage/39743613.html

 

高級官僚と呼ばれる人々が「愛している」というのは真実であるのかも知れませんが、それは卑劣漢が「愛している」と述べているのに等しい。

清貧の賢者が「愛している」というのは嘘かも知れませんが、女性にとっては賢者の嘘のほうが、女性を幸せにする確率が高いような気もしないでもないのです。

 

「嫌いな人の真実よりも、好きな人の嘘が良い」

(ハンナ・アーレント「人間の条件」)

 

ハンナは公務員嫌い。

ハンナは卑劣な高級官僚の妻よりも、清貧で気難しい哲人の愛人という立場を選択したようです。

 

「ハンナ」

http://blogs.yahoo.co.jp/shigetage/40070348.html

 

それでも、ホンマモンの卑劣漢になってみたいとも思われます。

本格的に卑劣を究めれば、どれだけ心の平安が保てるものか、卑劣漢が羨ましいような気もしないでもないのです。

 

「ぼくが良い人間だなんていわないでください。

 むしろ、卑劣な人間になりたいんです」

(チャンドラー「長いお別れ」)