男の虚飾がアロガンスの勘違いだとするのなら、
女性の虚飾はグレイスの勘違いにあるようです。
強さと正義の勘違いが傲慢(アフロガンス)となり、
優雅・優美(グレイス)の勘違いも虚飾に
表象されるのかも知れないのかも知れません。
「グレイスではない」
http://blogs.yahoo.co.jp/shigetage/40103158.html
嫉妬の本質は、
脳のなかの拒否する部分。
痛みや否定に対して我々は、
拒絶し傷つきます。
同じように、自分の存在を無視または否定する者に、
我々は拒絶反応を起こすのだそうです。
人の不幸を楽しんでしまったり、
「ざまあ見ろ」の感情は、
我々の脳のシャーデン・フロイデ。
「恥ずべき喜び」として我々の誰にでも
植え付けられてしまっている
脳の機能の一つだそうです。
これは自己認知・自分の存在証明とともに、
太古より我々に備わった自己防衛。
シャーデン・フロイデ(恥ずべき喜び)は、
けっして恥ずべき代物ではないけれど、
この機能を有効利用するのか
そうでないのかは、人それぞれの
才によるものが大きいようです。
「ヒトは他者の存在のなかに己の存在を見出していく」
(ボーヴォワール「人間について」)
「人間」
http://blogs.yahoo.co.jp/shigetage/40155508.html
憤怒は
脅威または理不尽な状況への
危機感の表れだそうです。
太古の時代、我々は、
その状況を脅威または理不尽だと
すばやく感じ取ることで、
闘うか逃げるかの選択を行ってきました。
憤怒を感じることも大切であるわけですが、
憤怒の情動を、どのように扱うのかで、
我々は進化し続けられるのかも知れませんネ。
憤怒は向上進化の源とするべき。
であるようにも思われます。