「人生、草露(そうろ)の如(ごと)、辛感(しんかん)何ぞ怖るるに足らん。一朝(いっちょう)の苦を思うて、遂に千載(せんざい)の図(と)を空(むな)しうするなかれ。」(吉田松陰「五十七短古」)
──人生は草露のように儚(はかな)短い。なので辛いことや苦しいことを怖れている時間はない。ほんの一時でも辛苦(しんく)を気にして、そのために千に一つのチャンスを逃すようなことではいけない。───
艱難辛苦(かんなんしんく)を辛い苦労であるとだけ受け止めてはモッタイないようです。艱難辛苦を意にも解さず、むしろ美徳、優美性を示すチャンスと受け止めてはいかがでしょう。
「それは不運ではない。むしろ、それに気高く耐えることが幸運である。」
(マルクス・アウレリウス「自省録」)
艱難辛苦を、御自分の優美性、美徳を示すチャンスに恵まれたと考えれば、むしろそれは幸運であるとも思われます。
コラム・インテリジェンス「ストアなマルクス」
http://blogs.yahoo.co.jp/shigetage/39864744.html
「忍耐は正義の一種なり。」
(マルクス・アウレリウス「自省録」)
正義のために耐え忍ぶ覚悟を持って、艱難辛苦を乗り越える志(こころざし)でいれば、艱難辛苦を心配して怖気づくこともないようにも思われます。
せっかくのチャンスを不安、恐れ、心配等々によって無駄にしてはモッタイないようです。
「忍耐は正義の一種なり。」
「変態は容疑の一種なり。(コラム・インテリジェンス「重罪犯録」)
──変態は、いろいろな罪状を犯している場合もあり、変態容疑そのものは、多くの容疑の一種にすぎない。──
なんの関係もない、ただの思い付きです。
このような愚かで還暦なオジさんのブログに我慢してお付き合いしてくださるかたへの、アウレリウスからのメッセージは、やはり
「忍耐は正義の一種なり。」