北極星のクリスマス・ツリー | コラム・インテリジェンス

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透き通るような心が…ほしい…。

クリスマス映画はたくさんあるけど、
私的には断然ミシェル・バタイユの大ベストセラー小説「クリスマス・ツリー」を映画化した
その名もズバリ「クリスマス・ツリー」がベスト。

英米仏の大スターが共演した愛と恋と聖なる心を感じさせてくれる美しい映画です。

「クリスマス・キャロル」を書き下ろしたディケンズは、
「時には子どもっぽくあるのも良いことだ。特に、クリスマスには。
 クリスマスの素晴らしき創設者も、その日は子どもであられたのだから。」(チャールズ・ディケンズ)
と述べているけど、僕にとっての映画「クリスマス・キャロル」は二番手という評価になる。

一番は何と言ってもバタイユの「クリスマス・ツリー」。

オトナの心と子供の心、
それに聖なる心を持つ人だけが味わえる抒情詩といっても過言ではない作品であるとも思われる。

「クリスマスで勝負」


「クリスマス・キャロル」といえば、
映画「クリスマス・キャロル」の曲に
詩を配給したことでも知られているヘンリー・ワズワース・ロングフェロー。


「クリスマス・キャロル」は原作がディケンズ、作詞がワズワースなのだから、
名作となるべくして名作となった映画なのかも知れません。

ワズワースは、
「賢者とテーブルに向かい合っての一対一の会話は、十年間にわたる読書、勉強にまさる。」
という名言を残している。

聖夜におバカな男と過ごすのか、学ぶべきのある男と過ごすのかはそれぞれ。
が、十年後のクリスマスに幸せを手にするのがどちらかは目に見えているようにも思われなくもない。

「クリスマスで勝負」


ヒトは、自分の幸不幸を、自分だけに降りかかっていると思いがちらしいけど、
聖夜には広い気持ちで、広い視野を持って、世界を見つめ直してみるのも良いのかも知れません。

「雨は一人だけに降り注ぐわけではない。」(ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー)

聖夜に愚か者と過ごし、自分も愚か者になってしまうのも楽チンなのかもしれないけど、
聖夜には聖夜らしい過ごし方も望まれているような気もしないでもない。

聖夜の過ごし方が、後の幸不幸を左右するとしたら、その違いは、
一緒に過ごした相手にもよるのかも知れません。

「違いは、知性と、実現された善行の上にしか築くことはできない。」(ファウルズ「アリストス」)

「アリストス 8 『賢者の誘惑』」


神々の恋は、なにもクリスマスに限ったことでもなく、
アタリマエにキリストともなんら関係もなく培われてきた。

「ゼウスの恋」

神道で生誕を祝福され、仏に看取られて逝くことのできる身を、
なにもクリスマスの日に汚す必要もないようにも思われなくもない。

「クリスマスと花祭り」


ゼウスは愛する女性を北極星にした。
愛する人を北極星にするほどの気持ちもスキルもない人との一夜に、
クリスマス・ツリーが加担しているのは悲しい。

己を大切に。いつでもどこでも己の身を大切に考えていただきたい。
「これから」のある人たちには、「これから」を大切にしてほしいと願っているのです。