60年も生きてきて、人事の経験もまったくない人間がいうのもおこがましいが、
人を評価する基準も人それぞれであるような気もしないでもない。
僕の部署はたまたま個性系、個人主義的人間の集団であったから、
人事のほうでもそのような人材を配置してくれていたのかも知れない。
仕事的にも個人的にも他人の評価を気にし過ぎたり、
群れているほうが楽チンなどというタイプの人間は、
僕の部署に限っては、たいして使い物にはならない。
なので周囲からの評価が多少、醜聞に塗れているような人間でも、
個性を発揮できて独立心の強い人間のほうが僕的には
仕事的にも個人的にも重用したいと思っている。
先日、企業説明会の帰りらしいリクルートスーツの一団が何組かで
パラパラと駅前を占拠しているような状況に遭遇した。
僕的には、この時点で、この集団に加わっているような人間はアウトである。
自分のことと、自分と同じ状況の人間だけ見ていて、
駅前というパブリックなスペースの状況が理解できていない。
あるいは、理解していても、集団になると忘れてしまう。群集心理に流されてしまうタイプの人々。
逆に、醜聞の多い人間でも、群集心理に流されない人間であれば採用したい。
60年も生きてきて、人事の経験もまったくない人間がいうのもおこがましいが、
人を評価する基準も人それぞれであるような気もしないでもない。
醜聞の捉え方、人の噂の捉え方、人の評価をどれだけどこまで気にするのか。
そこにその人の個性と感性、独立性と人間力が表象されてしまうのかも知れません。
「大衆は一人ひとりから成り立っている。」(バルタザール「賢人の知恵」)
アタリマエといえばアタリマエ。
醜悪な人間が政治家として税金で食っているような状況は、
彼に一票を投じた一人ひとりの人間の愚かさの上に成り立っている。
「それぞれに目があって悪事に気づき、
それぞれにくちがあって各自のやり方で見た事を伝えるものだ。」(バルタザール「賢人の知恵」)
人の噂の伝わり方、醜聞の伝わり方を示しているらしい。
日本のことわざでいうところの「壁に耳あり障子に目あり」的な修辞。
「自分に対する中傷が広がれば、信用に傷がつくおそれがある。」(バルタザール「賢人の知恵」)
号泣プレイ会見の県会議員を思い出した。
他者からの中傷や信用を、どこまで意識するのかも人それぞれ。
私事、幸か不幸か、そのようなことは一切気にせぬ体質です。
だからこそ中傷や醜聞に塗れた人生になってしまったのかも知れません。
「とるに足らないような欠点が、誰かの羨望や不信感から噂の発端となり、
話が伝わるたびにその噂が大きくなっていくのだ。」(バルタザール「賢人の知恵」)
「とるに足らないような欠点」が「羨望や不信感から噂の発端」になるくらいの話なら、
もともとに「とるに足らない」話であり、それを「羨望や不信感から噂」にするような人間なら、
そのような人間も「とるに足らない」人間であると思ってしまう。
そのような僕の油断というか、人生を甘く見ているというか、
人の世をナメているというような性格が災いしていた人生でもあったのかも知れない。
「悪意のある噂話のせいで名声が台無しになることもある。」(バルタザール「賢人の知恵」)
もともとに名声を手に入れたとも思っていないし、もともとに名声などには興味もない。
なので悪意のある者が何を言おうが羨望と不信感からの噂や醜聞も気にしない。
そのような性格が唯我独尊、慇懃無礼、
わがまま放題好き放題などという御批判を受けることになってしまったのかも知れない。
「そういう事態はなるべく避けるよう努めよう。 中傷の及ばない場所にいるほうが、
すでに起こってしまった災難から抜け出すよりははるかにたやすいのだから。」
(バルタザール・グラシアン「賢人の知恵」)
愚かで還暦なオジさんは、この御言葉も誤解曲解してしまっていた。
知り合いのいない地域で暮らせば、中傷も醜聞も及ばないと思い込んでしまっていた。
なので年頃になるといちはやく生まれ育った地元を離れたのだ。
が、バルタザールは、そのようなことを教えて下さっているわけではなかったらしい。
立ち位置の問題。
中傷、醜聞を起こしてしまってから抜け出すよりも、
普段から、中傷、醜聞を避けるような立ち位置で振る舞うことを喚起してくれているらしい。
「人の口に戸は立てられぬ」などともいう。
ヒトは、あることも言うけど、ときにはないことも言う。
所詮は、そんなもんだ、とは思って生きて来たけど、
愚かで還暦なオジさんともなればバルタザールの教えも学習し直さねばならぬらしい。
「そういう事態はなるべく避けるよう努めよう。 中傷の及ばない場所にいるほうが、
すでに起こってしまった災難から抜け出すよりははるかにたやすいのだから。」
かしこまりました。バルタザール様。
身を引き締め、行いを慎み、心して人生と向かい合っていくように努めまする。
が、ヒトは、心と身体、思いと行動がなかなかにともない難い生き物でもある。
これが一致すれば聖人になってしまう。
「清廉潔白」
「そういう事態はなるべくさけるよう努めたい。中傷されるような、
信頼関係を築き上げてしまった人々と過ごすよりは、
すでに信頼関係もヘッタクレもない人々と過ごす方が、
中傷されて叱られるよりははるかに楽チンなのだから。」(アンチテーゼ「コラム・インテリジェンス」)