大それたタイトルでした。反省しています。
が、見破れる真実、事実のようなものは存在しないとは、
あながち言いきれないような気もしないでもないのです。
露出の多い医師、評論家、心理学者、精神医学者、占い師等々の
一部の方々の発言のからくりは、おおよそ共通するものも多いようです。
統計学者いわく
「個々人は不可解な謎でも、集団では数学的確実性となる。」
一人一人の行動、心の動き、身体的医学的なデータとしては謎が多く残されているとしても、
何十人、何万人というデータ、集団的データを取れば、
そこには統計学的数学的な確実性というか共通性が見出せるとでもいうことなのかも知れない。
「各人の行動予測は不可能だが、『平均的人間』の行動は正確に予測できる」
(デイヴィッド・サルツブルグ「統計学を拓いた異才たち」)
一人一人の状態はそれぞれであるけれど、多くの人の状態を見れば、
そこには最大公約数的あるいや最小公倍数的な共通性が見出せるのかも知れない。
この原理を拡張または誇張して表現すれば、
この原理に気付かぬ、あるいは知らぬ人々は大いに感心したりしてくれるとのことです。
このような人々が、マスコミに露出し易く、一般受けもする。
なかには尊敬を集めてしまう医師、学者、占い師等々も出現しているらしい。
が、あえて、この原理を封じ込めて、曖昧なものは曖昧なまま、
謎は謎として告知しているのが、世に多く存在する真摯な医師、学者、占い師等々でもあるらしい。
「あなたは過去に、大きな悲しみ、あるいは辛い病を経験してますね?」
などと問われれば、たいていの人は思い当ってしまうのでしょうね。
何が真実で何が真実でないのかはわからない。
ココに書いていることが嘘っぱちの可能性だってゼロではないだろうし、
挙句の果てには統計学者たちが全員間違っている可能性も
決してゼロであると断定することは難しいのかも知れません。
それでも単純にして愚か、真面目にスケベでもあり、挙句の果てには還暦の僕としては、
統計学者たちの見解に頷いてしまうこともしばしばなのです。
統計学者たちは述べる。
「個々は多用でも傾向は一定である。」
(デイヴィッド・サルツブルグ「統計学を拓いた異才たち」)
「あなたは過去に、大きな悲しみ、あるいは辛い病を経験してますね?」的発言に
惑わされぬよう、感心したりせぬよう、気を付けたいものではあります。
が、しかし、
どこの世界にも例外は存在し、
「平均的人間」ではない人間のほうが、アッタリマエの人間より多く存在し、
しかも「平均的人間」ではない人間のほうが、より人間的で面白いと、信じたい。