パートナーのいる人が、
パートナー以外の人と交際してしまえば不倫または三角関係などというらしい。
三角関係のトライアングルの一角、
三角関係の元凶ともなっている人=角Aが亡くなるとか失踪してしまうとかした場合、
残された角B、角Cはどうなるのか。
角Aが何らかの犯罪に巻き込まれたとか、理不尽な死、理不尽な失踪という状況では、
残された角Bと角Cは、その悲しみを共有するということになりはしないか。
共に、Aを不幸に陥れた元凶を憎み、
共に,Aを不幸に陥れた元凶を追求する場合も、あるのかも知れない。
憎しみ合っていたはずの、憎しみ合うべき二者が、
状況が変われば戦友の如く、感情の矛先を共有することになる。
憎しみ合って当然である二者が、
状況が変われば無二の存在となってしまう場合もあるのかも知れません。
「昨日の敵は、今日の友」などという言葉もある。
ヒトは、個人だけでなく、国家間でも、対立していた国同士が、
ある局面においては手を組み、利害の対立する相手に立ち向かう。
あの憎しみは、どこへいったのだろう。
その場の自分の感情などは、状況が一変してしまえば当てにもならないらしい。
自分の怒り、悲しみ、苦悩も、状況が変われば消滅あるいは変化を繰り返す。
「自分の人生にかかわる人をしっかりと見極めよう。
相手の考えを、用心深く探るのだ。」(バルタザール「賢人の知恵」)
自分の人生にどれだけかかわってくるのか、
その人の存在が、自分の人生にどれだけかかわってくる可能性があるのか。
今は大切な人と思っている人でも、時が過ぎれば、そうでもない場合もある。
今は嫌な人と思っている人でも、状況が変われば、協力関係になる場合もある。
自分の感情を当てにしてはいけないらしい。
感情は移りゆくものだと理解した上で、冷静な人間関係を築く必要があるのかもしれません。
「人生で大切なことは、植物や岩の構造を証明することより、人の中身を理解することだ。
人を、その話す内容で判断しよう。また言葉だけでなく、
行動を見ればもっとその人の真価がわかる。」(バルタザール「賢人の知恵」)
コンピューターの扱い、構造を知ることよりも、人を知ることのほうが大切である。
IT関係でモテハヤされて、ぴんぴんヘアーにトンガリ靴、ブランドに身を包んでも、
モテない人、結婚に失敗する人が多いのは、
コンピューターとファッション、ブランドは学習しても、
人間を学習していなかったからなのかも知れません。
そして人を見極める前に自分をも極めることも忘れずに。
自分がその時、判断した自分の感情は、けっして当てになるものでもないらしいのだ。
自分を信じるのか、自分を疑ってみるのか、
どちらを選択するのかも、その状況、それぞれの人の感情であるのかも知れません。