「それなら、着替えが終わるまでこのままのんびり待っているとしようか」
「いや、明日の仕事について打ち合わせをする」
ウィルがテーブルの上に地図を広げ始める。それを見て、ロバートがげんなりする。
「またか。ウィルさんはまじめだねぇ。たかだか荷物の搬送だろう」
「その通りだ。たかだか食料を片道半日のところにある拠点に届けるだけの簡単な仕事だ。だが、その簡単な仕事もルートの検索や周辺情報の整理を怠ると非常に厄介な仕事に変わる事もある・・・」
「はいはい、わかりましたよ。で、ウィル先生は何を危惧しているわけだ?」
「良く聞いてくれ、ロバート。明日向かう村は前線を維持していた兵士達が敗走し撤退してくる場所だ。その兵を追って蛮族がくる
可能性がある」
「と、言うことは・・警護の人数は当然・・」
「ああ、減らすように手配しておいた」
ウィルの言葉に、ロバートがにやりと笑う。
「さすが、仕事が速いな」
「当然だ。下手に人数を増やすと逆に厄介だ。・・戦いに慣れていない護衛は足手まといなだけだからな。この仕事は最低限の人数・・つまり、君と私だけで警護する」
「だな。なら、今日は明日に備えて、早めに寝るか」
「・・レインはどうする?」
「ああ、ここの宿で預かって貰えば・・」
「ごめんだね」
突然の声に振り向くと、そこには宿の女将が立っていた。恰幅の良い体格の横におずおずとレインが立っている。
薄い草色のシャツと裾に小さなフリルの着いたスカート。明らかに店で着る為の服のようだった。
胸元の大きめの切れ込みに、ロバートがヒューっと口笛を吹いた。レインが顔を赤らめて、胸元の布地を寄せる。
「あたしが昔着ていた店用の服だよ。サイズが合わない胸の部分やスカートの丈は簡単に詰めておいたからね。少し多めにもらったからその辺りはサービスしとくよ」
「・・で、この宿で預かって貰えない理由というのは?」
ウィルの問いかけに、女将がふっとため息をひとつつく。
「この娘、背中に変な痣があるのさ」
女将の言葉にレインが黙ったまま俯いた。知らず、スカートの裾を握る手に力が入る。
-死んで生き返ったものは魂に”穢れ”が残るといわれる。”穢れ”た者にはそれなりの印が身体に出る。あるものは角が生え、あるものは肌が屍蝋のようになる。痣が出るのも魂が”穢れ”た証拠の一つ。”穢れ”がひどくなれば、レブナント-すなわち、穢れた魂が取り付いた動く死体の化け物と成り果てる。この為、”穢れ”を持つものは人族からは忌み嫌われる。-
「客なら、まだいいさ。だけど”穢れ”を持つ人間を宿に置いておくメリットはないんでねぇ。悪いけど、この子を宿で引き取るのはお断り・・」
「わかった。なら、レインはこの宿には置かず、俺達の仕事に連れていく。それでいいだろ?」
「まぁ、そうしてもらえるなら、助かるけれど。・・悪く思わないでおくれよ。こっちも道楽で商売しているんじゃないからさ」
「わかってるよ。女将さん、服売ってくれてありがとうさん。無理言って悪かったな」
ロバートが女将の方を見もせず、手をひらひらさせて追い払う。
その態度に何か言いたそうな表用だったが、別のテーブルからの声掛けにしぶしぶ仕事へと戻っていく。
「・・良かったのか?」
「何が?」
「レインの事だ。足手まといがいれば、厄介だと先ほど話したばかりだが」