2020-06-23
昼夜逆転 勘違いしたまま、お見舞い行ってきましたが・・
結局3回この日は病院に出かけました。
目覚めたなら 17:00過ぎ!うわーやってもうたわ!とそのまま母の見舞いに出かけました。
さすが、ついこのあいだ夏至があったところで、夕方って感じがしない。
病院に到着、通常の入り口が閉まっている。
平日なら19:00まで空いている筈なのに
しかたなく休日受付にてやり取り、
私「普段の通常入り口はもうすぐ閉まる時間ですよね」
受付「いいえ、もうすぐ開く時間です」
私「えー晩から開くんですか?」
受付「今、朝ですよ」
私「えっ・・間違えていました」・・・・・・
まぁ重症患者なので時間外とか関係なく、通過できました。
本当にこんな間違いは初めてです。
しかし、勿論顔を見てきました苦しそうな表情はなく、しかし反応もあまりなく、
今日は私自身の通院もあるので、
それを済ませてから再度会いに来ますね。
意識レベルは低いです。再発乳がん 終末期の3←これは私の造語です。
2まではハードな事をしなければ普通に生活が出来る。
3 会話は出来ないがかろうじて意識はある。
【抗がん剤を中止して3ヵ月←肺炎になった為】
抗がん剤を増がん剤という医者もいますが、乳癌の腫瘍マーカーは30-40を超えると
癌であると言われています。
4年前から60~80位 直近半年で100位で推移していましたが、抗がん剤を辞めてから
一気に数千という数値に跳ね上がり余命を縮めてしまいました。
抗がん剤を辞めていたのは肺炎にかかり、両方を同時に治すのは身体に負担が
かかるとの事でした。
以下は病院に入院した直接の原因です。
【最後の小旅行 基本的に部屋から出ず 館内の食事だけをとりにいき 観光は出ず、客室でゆっくりと過ごす】
6月18日から日付が変わって6月19日深夜2;00~3:00の出来事です。
母は私と最後の小旅行中の就寝中、呼吸が苦しそうで、今までに見た事のないくらい、
肩で大きく息をしていて、予め用意していた指にはめるタイプの酸素濃度計で計測すると
82%位から段々落ちていき76~78%位で推移しています。因みに酸素濃度は通常
94~100%と言われています。酸素濃度計を指につけ、息を出来る限り止め足をバタバタ
、首をフリフリする位限界まで止めて、私の場合90%位でした。如何に危険な数値であるかが
わかります。
これは非常に危ない数値だ。すぐに119番へ電話。5分もしないうちに救急隊員が到着。
酸素ボンベからの酸素投与により、酸素は一時的に95%位に回復、一旦最寄りの重篤な
患者を受け入れる病院へ向かいました。
血液検査、X線、CTなど一通りの検査をした結果、やはり胸水が左右一杯に溜まっている。
意識レベルもかなり低く会話は殆ど出来ない。
この旅先での病院で、ずっと世話になる訳にはいかない。
やはりの地元のかかりつけ近畿大学病院へ転院してもらうように依頼し、朝8:00頃、受け入れ可の連絡。
【地元の大学病院へ行く道中 救急車では無く、介護タクシーを使用した結果】
6月19日 午前10:00頃 転院には結果からいうと介護タクシーを使用しましたが、私も一晩寝てなかったからか、OKしてしまったのですが、明らかに救急車で行く症状でした。病院側はタンを吸引する患者の為に開けておきたかったとの事ですが、そんなレベルではありませんでしたし、この介護タクシーが途中、酸素が切れて再び酸素濃度が76%前後に落ち込んだり、
酸素ボンベを足でしっかり挟んでおいて欲しいというのです。又、ボンベについているガラスの器を周りに当てないで欲しい、酸素が一気に無くなるとか 到着して、医師に何か聞かれたならば「私、ただ運んできただけ なーんも分かりません」と言って見せたり 出発店と到着地点の医師等の前だけマスクをしてそれ以外はマスクを外したりと。
でも構っている暇は一向に無し。
【地元大学病院に到着 】
約2時間ちょっとで地元の大学病院に到着 土日でもなかったので母を知る医師もいて少し安心しましたが、容体は厳しい。
前回受診の際もそろそろ水を抜いたほうがいいでしょうね。と言われていたことからも、抜いてもらえるのかと思ったら。今回は母が苦しみのあまり、身体をじっとしていれない事、ほぼ満タンに胸水が溜まっている為、抜く事が危ないので危なくて抜けないというのです。いつもは最悪の状態になる前に、加えて左右どちらかが、ましな状態の時に背骨あたりから1000㎖抜いていました。1000㎖ 抜くには40~60分位かかるのです。これが抜ければ恐らく会話位は出来るのではないかなと素人ながら思うのです。このように胸水が抜けないので、抗生物質やステロイドホルモン剤を投与していますが水を抜く様な、劇的な効果は上がっていません。また痛み止め(苦しい止め)モルヒネを既に投与されています。
【終末期】とんで上記の6月23日の2回目(14:00~15:00)の面会時
詰将棋の様に追い詰められて・・
胸水を物理的に抜けない、しかも栄養分や水分を生命維持の為に入れていて更に胸水が
溜まる。尿もあまり出ていない。 この状態を続けると呼吸困難に陥る、薬の点滴や水分の
点滴を抜き、自然に任せる、残された僅かな時間を自然体で過ごす事となりました。
合法的安楽死の様にも思えました。
医師)余命は今晩から明日、持って3-4日 この話を医師から直接 聞いたのが15:30頃私は一旦家に帰り、休憩をしていたところ16:50頃に病院より電話があり、呼吸が荒くなっているので急いで来て欲しいとの事。病院は近いのですが少し出発に手間取り到着した18:00分位には母の息は途絶えていました。ほんの10分位前だったらしい。
まさか点滴を抜いて2時間位で生き途絶えるとは思いもしませんでした。19日に入院してから5日間でした。
相当苦しかった様で、名刺大位の紫のあざが腕に出来ていて、やり場のない痛みをベッドの柵に打ちつけていたのでした。
それも、これもこれで終わり。享年70歳 御袋 ありがとう
60歳で乳癌(ステージⅠ)乳房温存で切除
65歳で再発(自動的にステージⅣ)余命5年宣告
以下行った治療です。①抗がん剤としてはアフィニトール、その後 ベージニオ ②免疫療法 血液を抜き取り、遺伝子の狂いがない(癌が無い)状態にして 凍結させてから身体に戻す。③UMSオンコロジー 四次元放射能治療 樹木希林さんや千代の富士が治療を行ったところでもあります。④京都の烏丸和田クリニック 食事療法がメイン 抗がん剤を減らしてその分、食事療法を行う。⑤丸山ワクチン ⑥日々草やたひぼ茶の飲用 ⑦小麦の中止等、注文制の小麦が入っていないパン(全粒粉パン 全粒粉入りではないですよ)、白米を中止し玄米に。ニンジンジュースプラス+レモン(ビタミンC)
よくみかける癌患者用の高濃度ビタミンCはレモンなどでは補いきれるものではないと思います。レモンの30倍のビタミンCを含有するアセロラでも全然足りません。ビタミンCが効いたとしての話ですが。
しかし近畿大学が当初に出した余命は残念ながら恐るべき精度狂いもせず5年で逝きました。
①~⑦はそれぞれの医療機関ですが、悪くなってから他の療法と併用するからダメなんだ。と口を揃えて仰っていましたが真偽は分かりません。私が思うに乳癌を切除し、再発する前に、
②、④、⑥を行った方が良いのかもしれないと思ったのでした。
数例しか知りませんが手術も抗がん剤もしないという方が一番早く無くなっていました。
本当に再発癌は怖いですね。色々な先生達が癌は治る、ある医師は
「5年以内にがんは日本から消える」
「癌は簡単に治せるとも言い切っています。」腹立たしい程です。
せめて再発は除くと書くべきでしょう。がんが発生する前ならいくらかの
予防になるかもしれないと思います。
いや・・再発を治した患者さんを母は知っていました。
再発した方も希望を持って頂きたいです。母は③の病院で強烈な放射線を浴びすぎ
ました。瞬時に癌はなくなりましたが、照射しても、してもまた癌が発生したのです。
それで肺がやられて、近畿大学の医師はヘビースモーカーでしたか?と私に尋ねて
いたのです。③の病院は骨に出来た癌には良いかもしれません。
写真は1年半前 2018年12月 大塚善正さんと母(69歳)です。
