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いつも☆いっしょ

コウキ(2009年1月生まれ)は生後4ヵ月の時にDravet症候群という難治性てんかんを発症しました。
2018年10月にVNS(迷走神経刺激装置)植込術を受けるも、バシッと効いてる感も無く、これという薬にも出会えず、未だに月1回は重積。

◆2009年5月

 

コウキがドラベを発症した日のこと・・・生後4ヵ月の時でした。

 

 

あの日、コウキは少し風邪気味でした。上にお兄ちゃんたちもいるし、風邪ひくのも仕方ない。夕方からずっとグズっていました。でも私も3番目の子となると少々泣いたくらいでは放置。だからいつから熱があったのかは正確には分かりません。

 

 

夕食が終わってから抱っこした時に熱があることに気付き・・・38.5度ありました(19時頃)。

 

 

すぐに病院に連れて行ったけれど、診断は風邪。経過に注意するように言われ、病院を後に。病院の駐車場で車に乗り込もうとしていた時、抱っこしていたコウキの体の力がフッと抜けたけれど、眠ったんだと思っていました。もしかしたらこの時既に発作が始まっていたのかもしれません(21時前)。

 

 

21時過ぎに家に着き、布団に下すとポーッとしていました。でも私は熱が高くてしんどくてグッタリしているんだと思っていました。でも何か変だなと思ったので、側を離れず観察していると・・・手足がピクピクし始めました。

 

 

これって熱性痙攣かな?と思い、しばらくしたら止まるはずだから大丈夫と思って様子を見ていました。でも5分経っても10分経っても止まらない・・・普通の人はここで緊急事態だと気付くはずなのに、その時の私はなぜか『もう少し待ってみよう、絶対に止まるはず』と思っていました。

 

 

 

 

結局20分経っても止まらず、車で再び病院へ。病院は5分くらいで行けるところにあります。

 

 

 

車の中で初めて事態の深刻さに気付きました。何でこんなに放置してしまったんだろう。

 

・・・理由が2つあります。

 

 

1つは育児書に『熱性痙攣は自然に止まる。慌てる必要なし。』と書かれていたこと。私はこの記述を鵜呑みにしていました。例外もあるってことまで、きちんと書いて欲しかった。

 

 

2つ目は、昔、前夫が言っていた言葉を妙に覚えていたこと。『熱性痙攣くらいで救急車を呼ぶな』『熱性痙攣なんて大したことじゃない』とよく言っていました。前夫は救急救命士を目指す消防士でした。そんな最低な発言をする救急隊員なんてお世話になりたくない!その後、救急救命士になれたのでしょうか。熱性痙攣についてちゃんと勉強しとけよ(怒)!って感じです。

 

 

 

そんなこんなで早く気付けばもっと早く止めてあげられたかもしれないのに、病院で注射を打たれるまで30分以上も痙攣させてしまいました。ピクピクの前の脱力も発作だとすれば合計1時間くらい。幸い画像に見えるような後遺症は残りませんでした。でも脳は大きなダメージを受けたと思います。

 

 

 

あの時のことが今になってもずっと悔やまれます。