冴です!まーみファンの方ごめんなさい。冴です!!
今回はせっかくなのでつらつらと長ったらしく自分の事と、作品の事を書いてみようと思います!!!!
小さい頃から表現の世界に憧れていた私は、演劇をやりたい!と母に言ったのですが母と祖母が私を宝塚に入れたいと考えたらしく、まんまと騙されてモダンバレエ教室に通わされるようになりました!
純粋な私はバレエをやってれば表現力がつくから!大学に入ったら演劇でもなんでもやればいいじゃない!という母の言葉を鵜呑みにし、頑張ってしまったんです!!
そして気づけばダンス部の強豪高校に入り、気づけば全国、気づけば北京へ!
怒られて、死ねと毎日怒鳴られて、それでも未来を信じてたから頑張れた!あの頃を思うと、生きてたんだなって思います!!!!!
高校での頑張りを認めて貰えて無事大学に推薦で入学!!
崩れたのはそこからでした
つまらない授業、上辺で気を使い合う友人関係、刺激のない毎日。だからこそ、唯一目標を持てたのが立教大学のダンスサークルD-mcという場所でした。
自分が子供だったせいで、同期とは上手くいかない事も多くて迷惑もいっぱいかけたけど、だからこそ引退の日には全員と泣いて笑って抱き合う事が出来ました。
そんなサークル活動と並行して始めた作品づくり。
振付をするようになって約2年がたち、イベントや発表会などでいくつも作品を出してきました。
毎回毎回苦しくもなるけど、どの作品にもその時の自分の目一杯が詰まってて、大切でした。
でも、そんな作品づくりにもスランプがきた。一生このループなのかと考えるようになったり、自分の作品のパクりや、自分のやり方と同じ人が出てくるのを見てしまって
ああ。そうか。
私なんかじゃなくてもいいんだ。
私がいなくてもどうせ元から満たされてるんだ。
って考えるようになりました。
それから、いろんな事が自分の追いつけない速さで進んでいって、周りの目が怖くなった。
人の笑顔が嘘に見えた。
ミスコンもグランプリも、作品の出展の依頼も、
全部全部自分をお金にしか見てもらえてない気がして虚しくなっていきました。
ダンスを辞めたいとも思ったけど、それは死ぬ事よりもこわいと思った。逃げられないって思った。
それから半年、私は去年引きこもりを経験しました。
外に出るのが嫌で、人と会うのが怖くて、自分なんて消えちゃえばいいって思ってた。
何回も死のうって思って泣いては寝て泣いては寝て。
言葉じゃ薄っぺらいし、そのくらい頑張れよって思うかもしれないけど、存在価値も未来もない私が堕ちていくのは簡単だったんです。
そんな時に救ってくれたのが家族で、しかりつつも俺より先に死んじゃ嫌だからねって言ったお父さんの言葉が、私を地面から引っこ抜いてくれました。
そんな時期。この公演で振付をする話を貰いました。
最初は明るいコマがいいんじゃないかと提案されたけど、私には『挫折』のコマしかできなかった。
コマについての説明はしなくても見れば伝わるって信じています。
あれが私自身で、私に見えてた景色のそのもので、私の感情で、全てです。
踊ってくれる45人の生徒たち。
大好きで心から信頼して尊敬できるまーみ。
そんな私自身の生き写しをストーリーの中でたくさん悩んで考えながら汲み取って演じてくれるまさと。
演出の事、演技の事、真面目に話しながらいつも頑張ろうって思わせてくれるかばちゃん。
毎回のコマが幸せです。
私が今、少しだけ生きててよかったかもしれないって思うのは、生徒たちと笑ってる時間。私の言葉に食いついてきてくれるこの人たちがいるからだと思う。
絶対誰も置いて行きたくなくて、みんなで最後に同じ景色が見たくて。だからコマでは厳しい事も言うし、焦らせてしまったりもしたけど、みんなを信じたこと間違ってなかったよ。
自分の未来はやっぱり見えないままだけど、私にとってはみんなの未来が自分の夢です。
1年後、2年後、10年後も、私に、私の作品に関わってくれたみんなが笑っていてくれるように、このCOLOURS公演のM14 挫折 SLOWJAZZに今の私の力を最後の最後まで全部注ぎます!
ぴえーーーー。
長くなりすぎて、だれも読み切らないでしょう!笑
読んでくれた人は本当にありがとう。
私の脳みそは取り出すとそんな感じです。
最後に、スタッフのみんな。
いつもありがとう。( ´ ▽ ` )ノ
全員で必ず成功させようね。
M14 SLOWJAZZ 振付 冴より
今回はせっかくなのでつらつらと長ったらしく自分の事と、作品の事を書いてみようと思います!!!!
小さい頃から表現の世界に憧れていた私は、演劇をやりたい!と母に言ったのですが母と祖母が私を宝塚に入れたいと考えたらしく、まんまと騙されてモダンバレエ教室に通わされるようになりました!
純粋な私はバレエをやってれば表現力がつくから!大学に入ったら演劇でもなんでもやればいいじゃない!という母の言葉を鵜呑みにし、頑張ってしまったんです!!
そして気づけばダンス部の強豪高校に入り、気づけば全国、気づけば北京へ!
怒られて、死ねと毎日怒鳴られて、それでも未来を信じてたから頑張れた!あの頃を思うと、生きてたんだなって思います!!!!!
高校での頑張りを認めて貰えて無事大学に推薦で入学!!
崩れたのはそこからでした
つまらない授業、上辺で気を使い合う友人関係、刺激のない毎日。だからこそ、唯一目標を持てたのが立教大学のダンスサークルD-mcという場所でした。
自分が子供だったせいで、同期とは上手くいかない事も多くて迷惑もいっぱいかけたけど、だからこそ引退の日には全員と泣いて笑って抱き合う事が出来ました。
そんなサークル活動と並行して始めた作品づくり。
振付をするようになって約2年がたち、イベントや発表会などでいくつも作品を出してきました。
毎回毎回苦しくもなるけど、どの作品にもその時の自分の目一杯が詰まってて、大切でした。
でも、そんな作品づくりにもスランプがきた。一生このループなのかと考えるようになったり、自分の作品のパクりや、自分のやり方と同じ人が出てくるのを見てしまって
ああ。そうか。
私なんかじゃなくてもいいんだ。
私がいなくてもどうせ元から満たされてるんだ。
って考えるようになりました。
それから、いろんな事が自分の追いつけない速さで進んでいって、周りの目が怖くなった。
人の笑顔が嘘に見えた。
ミスコンもグランプリも、作品の出展の依頼も、
全部全部自分をお金にしか見てもらえてない気がして虚しくなっていきました。
ダンスを辞めたいとも思ったけど、それは死ぬ事よりもこわいと思った。逃げられないって思った。
それから半年、私は去年引きこもりを経験しました。
外に出るのが嫌で、人と会うのが怖くて、自分なんて消えちゃえばいいって思ってた。
何回も死のうって思って泣いては寝て泣いては寝て。
言葉じゃ薄っぺらいし、そのくらい頑張れよって思うかもしれないけど、存在価値も未来もない私が堕ちていくのは簡単だったんです。
そんな時に救ってくれたのが家族で、しかりつつも俺より先に死んじゃ嫌だからねって言ったお父さんの言葉が、私を地面から引っこ抜いてくれました。
そんな時期。この公演で振付をする話を貰いました。
最初は明るいコマがいいんじゃないかと提案されたけど、私には『挫折』のコマしかできなかった。
コマについての説明はしなくても見れば伝わるって信じています。
あれが私自身で、私に見えてた景色のそのもので、私の感情で、全てです。
踊ってくれる45人の生徒たち。
大好きで心から信頼して尊敬できるまーみ。
そんな私自身の生き写しをストーリーの中でたくさん悩んで考えながら汲み取って演じてくれるまさと。
演出の事、演技の事、真面目に話しながらいつも頑張ろうって思わせてくれるかばちゃん。
毎回のコマが幸せです。
私が今、少しだけ生きててよかったかもしれないって思うのは、生徒たちと笑ってる時間。私の言葉に食いついてきてくれるこの人たちがいるからだと思う。
絶対誰も置いて行きたくなくて、みんなで最後に同じ景色が見たくて。だからコマでは厳しい事も言うし、焦らせてしまったりもしたけど、みんなを信じたこと間違ってなかったよ。
自分の未来はやっぱり見えないままだけど、私にとってはみんなの未来が自分の夢です。
1年後、2年後、10年後も、私に、私の作品に関わってくれたみんなが笑っていてくれるように、このCOLOURS公演のM14 挫折 SLOWJAZZに今の私の力を最後の最後まで全部注ぎます!
ぴえーーーー。
長くなりすぎて、だれも読み切らないでしょう!笑
読んでくれた人は本当にありがとう。
私の脳みそは取り出すとそんな感じです。
最後に、スタッフのみんな。
いつもありがとう。( ´ ▽ ` )ノ
全員で必ず成功させようね。
M14 SLOWJAZZ 振付 冴より