離婚を決めてから、夫は収入を家に入れるのをやめたり、あからさまな嫌がらせを

始めるようになり、私は無料の弁護士や女性支援団体に連絡をして話を聞いたり

インターネットでいろいろ調べたりした。

 

モラハラや人格障害のパートナーから自分を守るのに一番なのは、とにかく物理的に

離れることが一番だと。と言っていた。

一緒に居る限り、ターゲットとしてずっと狙われるから、モラハラや虐待が治まることは

ないだろう、と。

 

なので、出来るだけ早く逃げる事をほとんどの人が薦めていた。

 

当時の私は、もう自分の感情も置かれている状況も分からなくなっていたので

彼からの精神的虐待や嫌がらせをそこまで深刻には捉えていなかったので

早急に逃げようとは思っていなかった。

 

そもそも子供もいたし、逃げて一人で生活できる金銭的余裕もなかった。

だから、気が狂いそうになりながらも一緒に生活していた。

 

私は、大丈夫。大したことはない。と。

 

今、ようやく物理的にも精神的にも離れ理解したのは

物理的に離れることの大切さ。

 

家庭内で虐待され続けた子供は学習能力が落ちると聞いたことがある。

また、虐めにあっているのに、それでも学校に通い続けると子供がいるのも。

 

今なら分かる。

学習能力が落ちるのも、行けばまた虐められるのに通い続ける子供達のことも。

 

元夫のモラハラ、精神的虐待は、6、7年前から酷くなっていったが

離婚を決めた最後の2年間は、もはや人としてのモラルやプライド的なものは

彼からは消えていた。

 

その2年間、私の中の全ての気力が失われていた気がする。

本気で逃げようと思えば逃げる手段はあったと思う。

でも、それらをする気力も考える力も感じる力も全て消え失せていた。

 

去年の夏に、姉が無理矢理でも私を帰国させ、一時その生活から離れたことで

私に少し戻った正気と気力、考え感じる力。

 

あれがなかったら、私は今だに離婚に踏み切ることも、元夫を引っ越させるための

手段も思いつかなかっただろう。

その前に、働く気力はなかったと思う。

 

モラハラや虐待から逃げることの大切さを痛感したし、一緒に居続けることで

失われる気力の怖さを知った。

 

あの時、自分が精神的虐待を受けていると疑わなかったら、

あの時、姉が私を無理矢理帰国させてくれていなかったら、

私は何も疑わず、自分を押さえ続けながら、奴の顔色を伺いながらあの生活を

ずっと続けていくことになっていたんだと思うと、ゾッとする。

 

正常に戻りようやく見える異常だった景色。

生還出来でよかった。。。。