Twitterのリツイートで流れてきたので、
何となくダイノジ大谷さんのブログを読んでみた。
感想を述べるのはあまり得意ではないのだが、
この記事を読んで、書く決心がついたので少しだけ
書いてみる。
ここから先は大谷さんの記事には関係なく、
かつ重い内容になりそうなので、
ご注意です。
今月半ばに私の父が永眠しました。
10何年前くも膜下出血で倒れ、その後も後遺症が残り、
発作等で救急車を呼ぶ事もありました。
今年に入り、気温も温かくなってきたある日、
脳梗塞をおこし救急車で運ばれた父。
一瞬意識は戻ったのだが、運ばれた病院で意識を失ってからは、
亡くなるその日迄一度も目を覚ます事はありませんでした。
亡くなる直前には看護師さんいわく、涙を流していたそうで。
なぜ「いたそうで。」と言う表現かというと、
父が最後に入院していた病院は我が家から1時間以上かかり、
容態が急変したのが早朝だった為。
そう、私と母が病院に着いた時にはもう父は息をしていませんでした。
まだ身体は暖かかったけどね。
お父さん、ありがとう。
そして、長い間お疲れ様でした。
人には色んな事情がある。
それを笑って過ごせるように早くなりたいね。
何となくダイノジ大谷さんのブログを読んでみた。
感想を述べるのはあまり得意ではないのだが、
この記事を読んで、書く決心がついたので少しだけ
書いてみる。
ここから先は大谷さんの記事には関係なく、
かつ重い内容になりそうなので、
ご注意です。
今月半ばに私の父が永眠しました。
10何年前くも膜下出血で倒れ、その後も後遺症が残り、
発作等で救急車を呼ぶ事もありました。
今年に入り、気温も温かくなってきたある日、
脳梗塞をおこし救急車で運ばれた父。
一瞬意識は戻ったのだが、運ばれた病院で意識を失ってからは、
亡くなるその日迄一度も目を覚ます事はありませんでした。
亡くなる直前には看護師さんいわく、涙を流していたそうで。
なぜ「いたそうで。」と言う表現かというと、
父が最後に入院していた病院は我が家から1時間以上かかり、
容態が急変したのが早朝だった為。
そう、私と母が病院に着いた時にはもう父は息をしていませんでした。
まだ身体は暖かかったけどね。
お父さん、ありがとう。
そして、長い間お疲れ様でした。
人には色んな事情がある。
それを笑って過ごせるように早くなりたいね。

(相馬)圭ちゃん誕生日おめでとうございます