前回の続きです。
前回は、
過去お金に関して感じたことを書きました。
まとめるとその結果、
・お金と愛は
どっちかしか得られない
・自分や自分の感情より
お金の方が価値がある
・だから自分を差し出さないと
お金は得られない
知らず知らずのうちに
こんなルールを採用してたんですね。
そして、
私の場合は、
自分が一番欲しいものは
受容や共感といったものだったけど、
それがどうしても得られなかったから
その寂しさや哀しさ、
そして得られなかった
自分へのみじめさで、
代わりのもの=お金に関して
いろいろなルールを
取り入れてしまった気がします。
しかも
自分にとってしんどいルールを。
このルールから卒業するには、
私の場合、
まずはお金はお金、
受容や共感は
受容や共感って別々にして、
そして、お金に逃げずに、
本当に欲しかったものを
欲しいと認めることや
その思いを満たすようなことを
することが
第一歩なのかもしれないな
と思いました。
去年の秋ぐらいから
お金どうしよう~と
思っていたものの、
結局、自己肯定感の後じゃないと
こうやって
お金のテーマに
しっかりと向き合えなかったのも
何となくわかる気がします。
逆に言うと、
本当に欲しいものを無視した生き方を
ずっとし続けた結果、
ここで人生がクラッシュしたのかも
しれません。。。
そして、
前にブログでこんなことを書きました。
>愛って自分が思っている以上に
>実はあったのかなと思いました。
>ただ、それは
>自分が思っている定義や
>欲しい形とは違っただけで。
きっと、
自分が育った環境での
愛の定義は
お金だったんですよね。
だから
自分が望むような
受容や共感という形では
なかったけど、
愛はもらえていないわけでは
なかった気もしています。
そして、
私や私の価値が
どうだったからではなく、
結局周りの人たちもきっと
その人自身やその人の感情より
お金の方が価値がある
というルールで生きてきただけ
なのかもなぁと思います。
とはいえ、
自分の心の傷は
それはそれであってよくて、
その傷には自分で
寄り添ってあげましょう(^^)
そんなこんなで
私も今まさに人体実験中ですが、
お金に関して
どうにかしたいなと思う方がいたら
・まず自分が採用している
お金のルールを探してみる
・そのうえで、
お金を本当に欲しい何かの
代わりにしてきた人がいたら、
まずは本当に欲しいものの方を
勇気を出して向き合ってみる
といいかもしれませんー。
続きます。